人気シリーズ「侠飯」10巻到達 悩める若者へ…作者の福澤徹三さんが込めた願い
2014年からほぼ年1冊、書き下ろしで出し続ける人気シリーズ「侠飯(おとこめし)」が節目の10巻となった。主人公の柳刃竜一と火野丈治が見せる侠気(きょうき)と心癒やす料理の数々が読者を魅了している。 【画像】「孤独のグルメ」フランス語版の表紙 「最初の1冊で終わるつもりだったんですよ。シリーズ化できる内容ではないと思ったので。今は『水戸黄門』方式でやってるだけです」。自嘲気味に語る。 確かに全巻が勧善懲悪の骨格を持っている。まず舞台回しを務める若者がいる。時流から少し外れて、社会に順応できず悩んでいる。若者は暴力的なトラブルに巻き込まれるが、決まって柳刃と火野に出会う。堅気には見えない2人だが、うんちくと一緒に料理を振る舞い若者を窮地から救い出す。そして2人は課せられた“特命”も果たす-。 「柳刃と火野は、ほぼスーパーマンです。こんな風になりたいと思わせる、かっこいい大人がいない今の裏返しでもありますが」 10年たてば「懲悪」の対象は変わる。1巻では広域指定暴力団だったが、半グレ、バイトテロを強要する会社などが出てきて、最新巻ではトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)が登場する。舞台回しの若者たちも「追い出し部屋」に配置転換されたり、ひきこもり対象の自立支援施設に入れられたり、ユーチューバーになったものの再生回数が全然伸びなかったりと、直面する苦境も時代を映している。 「見た目と金にしか目がいかない今の価値観と、将来への希望が見えづらい今の若者を描けば必然的にそうなりますよ」 そんな現状に対し、柳刃が吐く「警句」を随所に織り込んで異議を申し立てる。「任侠(にんきょう)は弱きを助け、強きをくじくこと」「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」。時には哲学者エピクテトスまで動員して人のあるべき姿を示す。 勧善懲悪の衣はまとっているが、それだけじゃない。「若い人に本を読んでほしい」との願いがある。「闇バイトでつかまる若者は、悪事を働けばどうなるか想像できない。本を読まないからです。ネットに書かれていることだけじゃ世の中を渡る力はつきません。過去の人の言葉が詰まった本には、少なくとも善悪の分別は書いてます」 本の敷居を低くするための工夫も怠らない。レシピや栄養価が分かる料理を必ず登場させるのが代表例だ。食べてもらう人への思いを込めた一品は、活字だけで飯テロとなる。 「ニュースで若者の8割がスマホを見ながら食事し、食事が作業的になっていると報じていました。タイパ重視でしょうが、すべてが経済効率だけで測れないことは伝えたいですね」 簡潔な中にも含蓄のある文章、自分を描いているかのような身近な登場人物、一気読みできる分量。「侠飯」シリーズは本を読み慣れていなくても、手に取りやすい要素が満載だ。 「次巻も期待してください」と自信をのぞかせる。 若者よ、本を読もう。 北九州市在住、62歳。 (塩田芳久)