60年以上新規参入を阻む壁を越えたい――秋田で新たな酒造りに挑む九州男児の挑戦
実際、醸造所を皮切りに、酒粕など廃棄される食材を使った食品加工場を年内にオープン予定のほか、宿泊可能なオーベルジュ施設、男鹿の産品を使ったラーメン開発など、岡住の構想は広がっている。醸造所単体でも、すでに社員は10人を超えた。 「たいしたことない数字と思うかもしれませんが、この短期間で新規雇用を10人というのは、男鹿市にとってはインパクトがあります」
清酒製造免許についても、菅原はバックアップを惜しまないつもりだ。 「日本酒(醸造を可能にする)特区という考え方もある。男鹿市単独では小さな力かもしれませんが、全国の意欲ある自治体と連携して国と交渉するようなことはやっていいと思っています」
免許取得は諦めず、男鹿を「酒シティー」に
「新規に日本酒造りに挑もうとする、岡住さんのような人は増えています」 国内外の日本酒事情に精通する、今田周三・日本の酒情報館館長は言う。 「ただ製造免許の縛りがありますから、フランスのWAKAZEのように海外で醸造したり、岡住さんや福島のhaccoba(ハッコウバ)、新潟のラグーンブルワリーのように『その他醸造酒』として展開するかたちが多いと思います」 日本酒の「定義」にこだわらない海外、特にアメリカでも数多くの「クラフト酒ブルワリー」が既に誕生し、人気を博しているという。 「自由に思い思いにやっている。ホップを入れたりバニラを入れたり……。飲んでみるとこれはこれでおいしいんですよ。お米が主体のお酒を飲んでもらうという意味では、消費者が「おいしい」と思っていただける新しいジャンルのお酒が生まれることは、むしろ日本酒消費が低迷したままの日本にとって一つの可能性でさえあると思います」
岡住の酒の人気ぶりも、そうした現状を裏づけているのかもしれない。 「岡住さんのどぶろくはとてもおいしかった。あの技術で清酒を造ったらどうなるか。それは楽しみですよね」 岡住の蔵は、酒類販売だけで初年度1億円を超える売り上げを見込んでいる。岡住は言う。 「絶対に免許を取得して、男鹿に酒造りが軸の『酒シティー』をつくって人をもっと呼び込みたい。それこそブルゴーニュのような、ね」 地域と酒好きの期待を背負いながら、岡住の挑戦は続いていく。 ___ 岡住修兵(おかずみ・しゅうへい) 1988年福岡県出身。神戸大学経営学部卒業後、秋田の新政酒造で4年半、日本酒醸造に従事。2021年秋田県男鹿市にて「稲とアガベ」を創業。同年11月に醸造所をスタート。酒粕等を活用する食品加工場「SANABURI FACTORY」など、男鹿を拠点とした酒造り以外の事業も複数準備中。醸造過程で出る酒粕を使う「発酵マヨネーズ」の事業展開に向け、クラウドファンディングも実施している。 (取材・文/安藤智彦)