30周年「ポンプフューリー」ヒットの裏に隠された販売チームとデザイナーの攻防
◇インスタポンプフューリーの命運を決めた大きな出来事 さらに高嶋さんは「ちょっとマニアックな話にはなりますが……」と、94年の初期モデルと、のちにスタンダードになった95年モデルの違いも教えてくれた。 「よく見ると、(分割の)幅が狭くなっているんです。商品としての安定性を求めるがゆえに改良されたものなんですが、一番のメリットは軽量化ですね。 ラバーの面積が大きければ大きいほど、靴は重たくなってしまいますが、少なくしすぎると軽くはなるものの、今度はグリップ性がなくなってしまう。どこまでチャレンジするか……というなかで、当時、究極まで追求したのがこの形だったんです」 ここで疑問が浮かび上がった。当時、なぜ最先端のランニングシューズとして開発されたモデルが、ストリートで大流行したのか? ということだ。じつは、30年愛され続けたインスタポンプフューリーの命運を握る大きな出来事が、95年に起こった。 「一番大きかったのは、雑誌『CUT』(1995年5月号)で、ミュージシャンのビョークが表紙で着用したことです。当時、彼女はアバンギャルドな性質も持ちながらも、広く受け入れられるような存在でした。 そんなビョークのキャラクターと、インスタポンプフューリーのイメージがマッチしたんだと思います。そうしたきっかけもあって、ミュージシャンやセレブリティの方々にも愛されるようになり、どんどん露出が増えていった経緯があります」 雑誌がきっかけでムーヴメントが巻き起こるのは、当時らしいエピソードである。最近では、そんな当時のモデルが復刻されてリリースされている。火の玉から着想を得た初代カラーリングのシトロン、さらに、当時リリースされることはなかった幻のモデルが「LOST OG」として2色展開(紫、水色)されている。 「当初、シトロンカラーで進めていたんですけど、販売チームの方から“派手で売りづらい”という意見がありました。そこで、デザイナーチームが提案したのが、シンプルな配色のもの(現在のLOST OG)だったんです。ただ、デザイナーチームとしては、シトロンに対する思い入れが強く、結局“シトロンでなければ出す意味がない”と押し進め、94年に同モデルが販売となりました」 もともと、シトロンカラーは、ランニングシューズに当時のテクノロジーを搭載した一足。速く走れるだけでなく、快適さも考慮して作られたシューズである。イメージとしても「速く走る」=火の玉デザインは絶対的なものであり、デザイナーとしても譲れないプライドの部分だったのかもしれない。 ◇復刻モデル完成までのこだわり そうした紆余曲折があったため、日の目を浴びることはなかった幻の2色。30周年を記念して作られた同モデルについて、高嶋さんはこんなエピソードも教えてくれた。 「細かいところなんですが、LOST OGは、シトロンとは違い、タンやかかと部分にプルタブがついていません。さらに、ポンプ部分のデザインも違いますし、インソールのデザインも違う。これは、途中でスケッチをやめたからなんです。完成デザイン前のラフの段階で中止になったデザインを、そのまま踏襲したのがLOST OGです」 今回、インタビューをさせていただいたショールームには、過去のモデルがズラリと展示されていた。なかでも目を引いたのが、赤・黄・黒の配色が魅力的な、俗に言う「香港返還モデル」である。こちらは、当時、1997足しか販売されていない幻のモデルで、何度か再復刻もされている。 「じつは、日本の次にインスタポンプフューリーが盛り上がっていると言われているのが香港でして、1997年の香港返還のタイミングを記念して、当時のマーケットからのリクエストを基にリリースされたカラーリングなので、そう呼ばれるようになりました」 また、インスタポンプフューリーの歴史を語るうえで外せないのが、コラボレーションである。 「特に今年は30周年ということもあって、さまざまなパートナー様とコラボレーションを実施させていただいています。今までの周年だと、インスタポンプフューリーが前面に出るような展開をしていましたが、今回はどちらかというと、グローバル、ローカルを含めて、一緒に盛り上げていくかたちをとっています。 最近だと『Reebok×atmos×XLARGE』のトリプルコラボや、アニメ『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』とのコラボレーションなど、いろんなテーマを持ちながら実施しています」 インスタポンプフューリーは、誰もが憧れた代物である。これは憶測に過ぎないが、企業の責任者となっている人たちのなかにも、学生時代、喉から手が出るほど欲しかったが手に入れられなかった……という人がいたことだろう。 長い歴史を歩んできたからこそ、さまざまなパートナーとコラボができる。インスタポンプフューリーは、90年代を生きた人にとって伝説のシューズなのだ。 最後に、インスタポンプフューリーが目指しているステージはどこなのか。高嶋さんに問うた。 「インスタポンプフューリーは、素材を含めて、変わっていく部分と変わらない部分があるシューズです。私個人としては、この商品が今も、未来も、ずっと語り継がれていくようなアイテムでいてほしいですし、常にマーケットの最前線にいて、何かしらで話題になっていてほしい。 これからも、さまざまなコラボレーションや進化をしながら、マーケットに受け入れられる存在となっていきたいです」 インスタポンプフューリーは、これからも、私たちのファッションアイコンとして、燦然と輝き続けるに違いない。 (取材:浜瀬 将樹)
NewsCrunch編集部