投資家から評価される企業とは 「女性管理職比率が低い企業には投資しない」という判断が増える可能性も
女性管理職比率とPBRに正の相関を確認「女性管理職比率が低い企業には投資しない」という判断が増える可能性も
――野間さんは、2023年3月期から有価証券報告書で公表されるようになった「女性管理職比率」などについての分析も進めていますね。 全上場企業について分析したところ、次の2点が明らかになりました。 一つは銀行業やサービス業などで女性管理職比率が高いのに対して、鉄鋼業や建設業では女性管理比率が低いこと。高い産業と低い産業を比べると、企業の個別努力に加えて、銀行業やサービス業などの4年生大学を卒業した人が多くいる業界では女性管理職比率が高く、大学院卒の人が多い業界は低いことが確認されました。 DE&Iの論点では、日本企業のみならず、日本の社会構造全体の問題を反映しているといえます。かつて、理系の大学院卒は圧倒的に男性がマジョリティでした。「リケジョ」が注目されるようになった昨今でも、男性が多い状況は変わっていません。ここにはまだ改善の余地があるのではないでしょうか。 また、女性管理職比率とPBR(株価純資産倍率)の関係についても分析を行いました。その結果、女性管理職比率とPBRには正の相関関係があることが明らかになりました。この結果に対する解釈とインプリケーションを考えることが重要です。 ――どのような解釈が考えられるのですか。 執行役員レベルで女性が多い企業は、果断な意思決定を行います。その背景には多様性を受け入れている、もしくは多様性が実現している組織があることが考えられます。開示されてから2年しか経過していないため、女性管理職比率とPBRの因果関係については検証できていませんが、果断な意思決定やオープンな組織風土がPBRに影響していると考えられます。 女性管理職比率とPBRに正の相関があることについては、私の分析以外でも確認されています。今後、投資家側では「女性管理職比率が低い企業には投資しない」という判断を下すケースが増えていくでしょう。
仕事や会社への「没入感・没頭感」を高めるためには、従業員が腹落ちできる価値を提示すべき
――ここからは、多くの企業が人的資本経営の重要項目と位置づけている「エンゲージメント」についてうかがいます。野間さんはエンゲージメントをどのように定義していますか。 一般的には、会社に対する従業員の「熱意」や「愛着」などと訳されることが多いですね。従業員が会社とともに成長していくための精神的なつながりや絆と定義する企業もあります。ただ、これらはコンセプトとしては理解できますが、ややわかりにくいと思っています。 そこで私は、エンゲージメントを「没入感・没頭感」と定義しています。 ゲーム開発ではエンゲージ・アビリティというコンセプトがあります。ユーザーがどれくらいゲームに没入・没頭しているかを議論するためのコンセプトです。このコンセプトを従業員エンゲージメントにあてはめ、従業員が仕事や会社にどれくらい没入・没頭しているかを測ることができれば、エンゲージメントをより有効な指標として活用できるのではないでしょうか。 ――人的資本の開示項目として、なぜエンゲージメントが重要なのでしょうか。 日米の企業が抱える文脈から考えれば分かりやすいと思います。米国は労働市場の流動性が激しく、エンゲージメントが低い企業ではすぐに人が退職してしまう傾向にあります。世界最大の資産運用会社であるBlackRockがコロナ禍に行った調査では、「エンゲージメントが低い企業は企業価値も低い」とされていました。米国企業にとって、エンゲージメントを高めることは人材流出を防ぐための重要課題なのです。 対して日本企業の場合は、労働市場の流動性が低く、従来は終身雇用制度が確立していました。終身雇用であるがゆえに従業員の退職リスクが相対的に低く、経営側が精神的なつながりや没入感・没頭感を意識する必要はなかったといえます。ただ、退職率が低いことによって、高いパフォーマンスを発揮できない人材が高待遇で居残ってしまう問題もありました。結果、意欲的な若手に悪影響をもたらし、組織全体のエンゲージメントが低下してしまっていました。 これまでの日本の雇用慣行を踏まえた上で、どのようにエンゲージメントを高めるのか。これが日本企業の直面している課題です。 ――エンゲージメントを高めるために、企業は何をすべきでしょうか。 働き方一つとっても、個人が求めるスタイルは多様です。定時で帰りたい人もいれば、上司や先輩に認められるために長く働きたいと考える人もいるでしょう。そうしたさまざまなニーズに応えるとともに、自社がどのような働き方やキャリアパスを提供できるかを提示しなければなりません。それに対して共感する従業員を集めることが、結果的に強い企業となることにつながります。 経営の軸を改めて考え直すべきです。自社はどんな価値を社会に提供しているのか、パーパスを明確にし、それに共感する従業員を集めていくということです。 ――パーパスについてはすでに多くの企業で明確にされていると思いますが、見直しが必要となるケースもあるのですか。 はい。パーパスを策定した後に、その浸透方法を課題に抱える企業が多いですね。「どのようにしてパーパスを浸透させればよいか」という点に頭を悩ます経営者も少なくありません。「浸透」という表現が、経営側の用語であることに気づかなければ、パーパスは浸透しません。一方、従業員側にとって重要なのは、そうしたミッションなどが「腹落ち」できるかどうかです。この言葉の違いにギャップがあると考えています。 ソニーのパーパスは外部からも評価され、従業員の間でも腹落ちしています。創業者の時代から大切にされていた価値観を今の言葉に置き換え、分かりやすく表現しているため、経営側から見れば浸透しやすく、従業員側から見れば腹落ちしやすい言葉となっているのです。 パーパスを見直す際には、企業が歩んできた歴史や、明文化されていない風土などを反映することも大切です。歴史のある大企業では、創業者が残した言葉だけが残っているケースもあるのではないでしょうか。一見すると「今の時代には合わない」と感じるかもしれませんが、創業者が当時、どんな背景でその言葉を発したのかを考えると、今の時代にも通じる部分が見つかることもあります。