《「100分de名著」で注目!》同居家族による介護は「福祉における含み資産」…『恍惚の人』有吉佐和子が露呈させた意外な「旧感覚」
現在は数多く刊行されている認知症関連の本のルーツをたどると、1972年刊行の有吉佐和子『恍惚の人』にたどり着くといいます。すぐに200万部の大ベストセラーとなった小説の主人公は、東京・杉並に家族と住む40代の立花昭子(あきこ)。姑が急死した後、84歳の舅・茂造が現在でいう認知症の症状を強めていき、彼女はフルタイムで働きながら、舅の介護に孤軍奮闘することになります。 【エッセイスト・酒井順子さんが、昭和史に残る名作から近年のベストセラーまで、あらゆる「老い本」を分析し、日本の高齢化社会や老いの精神史を鮮やかに解き明かしていく注目の新刊『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)。本記事は同書より抜粋・編集したものです。】
「嫁」の無償労働に期待する国
『恍惚の人』は、認知症の実態、そして認知症の老人を介護する家族の実態を描くとともに、「この時代の家族のあり方」を示す小説でもあった。明治生まれの夫に、奴隷のように尽くした姑。若い世代の昭子は、結婚・出産後も働き続けることで自身の意思を示したものの、いざ介護となると、夫は限りなく及び腰であり、昭子もまた、夫に介護を強要することはしない。 1978年(昭和53)の『厚生白書』には、同居家族は「福祉における含み資産」と記されている。老人介護などを同居の家族が担うことが、国にとっては「含み資産」なのだとされているのだ。 この場合の家族とは、ほとんど「嫁」のことを指していたと思われる。男性が働き、女性が家の中のことをするという家族モデルが推奨されていた日本において、嫁達の無償労働を、国は大いに期待していた。 昭子もまた国の思惑通りに、ほとんど一人で介護をやってのけ、最後は茂造を看取ることになる。昭子の心身が頑健であり、また茂造が認知症発覚後、そう長くは生きなかったので大事には至らなかったが、この時代に長い介護の日々を過ごして心身の健康を損ねた嫁達は多かったことだろう。