パンデミックは必ずまた起こる――尾身茂が振り返る日本のコロナ対策、成功と失敗
今、ワクチンは打つべきか
国民の間でも、対策や行動に関する価値観の違いでさまざまな分断が生じた。その一つがワクチンだ。待望されたワクチン接種が国内でスタートしたのは2021年2月。5月に大規模接種が始まる。 「日本はワクチンを作れなかったから、導入が遅れたわけですよね。菅政権のもと、大規模接種が加速しましたが、あれがもう少し遅ければもっと死亡者が出た可能性があります。国産のワクチン開発が実現しなかったのは、日本企業の国際競争力が不足していること、政府の資金が十分に投入されていなかったことに尽きるでしょう」
2024年4月からワクチン接種は自費になった。今ワクチンを打つべきなのだろうか。 「若い人は副反応もあるということで、打たない人も多いと思います。これはご本人たちの判断です。高齢者や基礎疾患のある人たちは打ったほうがいいと思いますね。私も打ちます。感染防止効果はそれほどでもないけれど、重症化予防効果はかなりあるんですよね。ワクチンは有効ですが、万能ではなかった」 ワクチンの薬害に関する訴訟も起きているが、これについてはどう捉えているのか。 「ワクチンによる被害や死亡は、残念ながら日本では詳細なデータを取れるようなシステムになっていません。死亡した原因がワクチンなのか他のものなのか、ほとんどわからないという状況で、今は結論を出せないということになっている。精査するためのモニタリングシステムを日本は早く構築したほうがいいと思います」
パンデミックは必ずまた起こる
尾身が3年半の間にやりとりをした首相は安倍晋三、菅義偉、岸田文雄の3人。それぞれの印象を尋ねるとこう答える。 「3人の総理が仕事をされた時期が、偶然にも感染状況の三つの特徴を表しています。安倍政権の時は、未知の病気でした。菅政権の時はデルタ株が出てくるなど、最も厳しい状況。岸田政権になってからは、経済を回そうという段階です。安倍政権、菅政権の時は専門家の意見を参考にしたいという思いが間違いなく強かった。岸田政権になると、専門家に聞くより、自分たちがリーダーシップを発揮するべきだという気持ちがおそらく強くなったのだと思います」 2023年9月、尾身はコロナ対策に関する政府関係の役職をすべて退任した。「いろいろな制約のなかで不完全な部分もあったと思うが、自分たちとしてはやるべきことをできるだけやったとも感じている」と総括する。取り組んだ約1100日の間には、政府と衝突する一方で、政府に忖度する代弁者とも批判され、誹謗中傷や殺害予告も受けた。 「かなり長い間、警察の方が身辺を守ってくれました。しかしまあ、専門家の考えたことが、直接、あるいは間接的に人々の生活に影響を与えた部分が事実としてあるわけですよね。立場が違えば見方も感じ方も違います。誹謗中傷がある程度あることはわかっていましたし、もちろん人間ですから嬉しいとは思わないけれど、そういうものかなという感覚が私にはありましたね」