パンデミックは必ずまた起こる――尾身茂が振り返る日本のコロナ対策、成功と失敗
政府と意見が衝突した時は
「アベノマスクには、専門家はちょっと困りました。相談を受けていれば推奨しませんでしたね。学校閉鎖(2020年2月27日、安倍晋三首相がすべての小中学校、高校、特別支援学校に臨時休校を要請する考えを公表)も、相談があれば別の選択肢を話したと思います。たぶん政権がリーダーシップを発揮したいという思いがあったのでしょう」 政府と専門家の意見が一致せず、提言が受け入れられない時もあった。 「政府は外交や経済にも重点を置きます。意見が違うのはあり得ることで、専門家の意見を採用しない場合があって然るべきです。でも実は、100以上の提言のほとんどを採用してくれました。採用しなかった場合にその説明が不十分だったことがあり、それが今後の課題です」
意見が衝突した一例は、2021年夏に開催した東京五輪だ。2021年6月、「今の状況で開催することは普通はない」という尾身の発言が波紋を呼んだ。国会での質問に対する回答の一部が広まった。 「みなさんが私の立場ならどう思うでしょうか。国際的にお金もかかっていて、スポーツ選手は何年も努力している。日本の威信がかかっている。しかし、専門家として考えを言わないというのはどうなのか、われわれはかなり長い時間をかけて考えました。最終的に、やるなら無観客がいいと言った。当時はデルタ株が出てきていて、そこに夏休み、お盆が重なる。このままだとオリンピック開催の有無にかかわらず、開催日あたりには緊急事態宣言を出さなくてはならないくらい医療が逼迫すると、データから判断していました。オリンピック委員会や政府に忖度(そんたく)して言わないという選択はなかった」
6月18日、「無観客開催が望ましい」と提言。ただ有観客であれば、会場で感染爆発すると考えていたわけではないという。 「競技場での感染そのものより、地域でのさらなる感染拡大、医療逼迫が起こるだろうと考えていた。そうしたなか、矛盾したメッセージを出すことは問題だと思いました。『接触を避けてください』と言いながら、スタジアムで盛り上がっていたら、政府やオリンピック委員会にも強い批判が来ますよね。今振り返っても、あの時『無観客が望ましい』と提言したことは、私は間違っていなかったと思います」 政府は6月21日に「会場の観客数の上限を収容定員の50%」「上限1万人」と発表したが、7月8日にこの決断を覆し、無観客開催を決めた。尾身が3年半の間で精神的、肉体的に一番ハードな日々を過ごしたのは、このオリンピック前後の時期だという。