物理学者を困惑させた「シュバルツシルト解」から生じる二つの奇妙なこと。「凍りついた星」では何が凍っているのか?
重力の強さに応じて時間の進み方は異なる
ここの例では、アリ(小さな虫)と観測者(我々)です。両者の観察結果が食い違う理由は、ここでの我々が用いる時計の進み方(時間の目盛り)と小さな虫が用いる時計の進み方が異なるからです。 重力の強さに応じて時間の進み方は異なります。シュバルツシルト半径における「1秒間」は、シュバルツシルト半径より外側に存在する観測者にとっての「無限大時間」に相当します。両者の比が無限に大きいだけなので、シュバルツシルト半径での「1秒間」だけでなく、1時間でも、1年間でも同様に、それより外側の観測者にとっての時間間隔として無限に大きいのです。 この結果、シュバルツシルト半径から光の速さで外向きにボールを投げても、シュバルツシルト半径で1秒間経過したら、外側の我々にとっては無限大の時間が過ぎてしまい、我々はそのボールを観測できないのです。 もちろん、我々にそのボールが届くことは永久にありません。しかし、そのボールにとまった小さな虫には、1秒間は1秒間にすぎません。 結局、その天体のシュバルツシルト半径で発した光は外側に届かないことになります。つまり、そのシュバルツシルト半径の内側は光で観察できません。 こうして、天体の大きさがシュバルツシルト半径以下ならば、その天体からの光は観測できません。すなわち、その天体は、光で見えない天体なのです。
凍りついた星では「時間」が凍っている!
これは、以前の記事でも紹介した、18世紀にミッチェルとラプラスが万有引力の法則を用いて推論した架空の天体と同じものです。 一般相対性理論を知っている現代人の視点では、万有引力の法則を用いてその天体を議論することは正当化されません。しかし、「じゅうぶんに引力が強ければ、光さえ脱出できない」という推論は正しかったのです。 もっと驚くべきことに、彼らが計算した「光で見えない天体」の半径(の上限値)は、偶然にも、シュバルツシルト半径と完全に一致するのです。 ここまでくれば、凍りついた天体では何が凍っているのかわかりますよね。 それは「時間」です。時計が凍りついて、その針が進まないのです。 さきほどの例では、シュバルツシルト半径での「1秒間」は、その外側の我々にとって「無限に長い時間間隔」でした。比が無限大ですから、我々の時計での「1秒間」はシュバルツシルト半径での経過時間に直すと、「1秒間÷無限大=ゼロ秒間」です。 それは、我々にとっての1時間や1年間でも同様です。すなわち、シュバルツシルト半径の外側にいる「我々」にとって、シュバルツシルト半径における経過時間は常にゼロなのです。 言い換えれば、シュバルツシルト半径における時計(時間)はあたかも凍りついているように、外側の我々には見えるのです。 もちろん、「時間が凍りつく」は、あくまでメタファー(比喩表現)です。シュバルツシルト半径に到達したボールの表面にとどまった小さな虫の時間は経過します。宇宙のそれぞれの場所で時計の進み方は異なり、その違いは、お互いの地点での重力の強さと関係します。 よって、「時間が凍りつく」のような比喩表現では、正しく時間の進み方を議論できません。お互いの時間の進み方の比較が、一般相対性理論における正確な議論を可能にします。
浅田 秀樹(弘前大学 理工学研究科 宇宙物理学研究センター センター長・教授)
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