物理学者を困惑させた「シュバルツシルト解」から生じる二つの奇妙なこと。「凍りついた星」では何が凍っているのか?
「ドロステの表示系」とはなにか
そこで、ドロステは物体の中心を原点とする座標系を導入したのです。実際、シュバルツシルトやドロステが考察した状況は、球対称な重力場です。球対称とは、その中心から見てどの方向も対等だという意味です。球対称な場合、重力場の強さは中心からの距離のみに依存して、中心から見た方向に依存しません。 さらに彼らは、重力場が時間的に変化しないことも仮定しました。つまり、まん丸の物体が静止しているときのその周りの重力場を、アインシュタイン方程式を厳密に解くことで求めたのです。 この状況では、求めたい重力場は、中心からの距離からのみに依存した関数として表現できます。こうして、複雑な形をしたアインシュタイン方程式は、距離という変数1個だけの微分方程式(数学者は「常微分方程式」とよびます)に帰着されました。 ドロステが用いた座標系によって、シュバルツシルトが見つけた解が、オリジナルの複雑な形から簡単な形に書き直すことができました。 この形が、現在の一般相対性理論の教科書でも採用されています。ドロステはこのような優れた研究を行ったのち、オランダのライデン大学数学科教授に採用されました。そのため、以降は数学の研究に移り、一般相対性理論の研究に戻ることはありませんでした。
その「解」から生じる二つの奇妙なこと
さて、シュバルツシルト解をドロステの表示形にすると、二つ奇妙なことがその解で生じることが判明しました。 一つは、「ある距離」のところで解の値が無限大になってしまうことです。この「ある距離」は、先ほどもふれたように、のちに「シュバルツシルト半径」とよばれます。 もう一つの奇妙さは「中心」で解の値が無限大になることです。 物理量が無限大になることは受け入れ難いことです。この問題を当時の科学者はどのように考えたのでしょうか。 当初、この無限大は、シュバルツシルト解の妥当性を損なうものだと考える人たちもいました。
シュバルツシルト半径で無限大になるものの正体
しかし、その後の解析によって、その無限大は「時計の進み方」が無限大になることを意味することが判明しました。 シュバルツシルト解が表す天体を考えましょう。 ボールがあるとします。このボールをシュバルツシルト半径の外側から、シュバルツシルト半径の地点まで落としたとします。このときボールはその天体の引力で落下します。 手を離れたボールがシュバルツシルト半径に落下するまで、3秒かかったとします。 ところが、我々はこのボールがシュバルツシルト半径の地点に届く瞬間を見ることができないのです。ここで、この「我々」が何を指すのかには注意深い考察が必要です。シュバルツシルト半径より外側に存在する観測者が、ここでの「我々」の意味です。 では、落下するボールに小さな虫(たとえばアリ)がとまっているとしましょう。その小さな虫は、そのボールがシュバルツシルト半径に到達した瞬間を目撃できるはずです。宇宙空間に虫がいるというのは、例え話(思考実験)です。 我々にとって、落下するボールがシュバルツシルト半径に到達することが観測できないにもかかわらず、その「小さな虫」はボールがシュバルツシルト半径に到達するまで観察できる、というのは矛盾しているように感じます。 しかし、矛盾しないのです。
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