シロアリはなぜ「木だけ」で生きられる?「100年の謎」を解いた東工大 本郷氏に聞いた
なけなしの研究費「全額を使った…」
──すごい。まさに職人芸の世界ですね。その後は、取り出した細菌と先ほどの酵素を使ってDNAを増やし、ゲノム解析したのですね。 本郷氏:はい。日本のゲノム解析の第一人者である理化学研究所の服部 正平先生、豊田 敦先生に、なけなしの研究費全額をお渡ししてお願いしました。2006年ごろですが、当時はシーケンサーを使って配列解析できるのは、ほんの一部の機関に限られていたのです。 シーケンサーで短いDNA断片の配列を多数読み、その後でコンピューター上でつなぎ合わせるのですが、豊田先生から「ちょっと配列がおかしい。いくら読んでも断片同士がつながってこないので、DNAを取り直してください」と言われました。ですが、ゲノム増幅という特殊な方法を使っていたので、「そういうトラブルは起きるだろう」と少しだけ聞こえないふりをしていたら、先生から「つながりました」という連絡が入ったのです。そのときは本当にうれしかったですね。
シロアリ研究からバイオ燃料へ、でも「結局ガソリン」のワケ
──そして、その研究内容が科学誌のサイエンスに掲載され、高く評価されたわけですね。この際、シロアリの腸内細菌の全ゲノムを決定したこと、シングルセル・ゲノミクスという新しい手法で開発したことの両方で評価されたのですね。 本郷氏:微生物の99%は培養できません。シングルセルのゲノム解析は、培養不能微生物のゲノム解読が進み、ゲノムリソースを充実することにつながります。現在シングルセル解析は、微生物のみならず、人や哺乳類へも適用されています。 一方、当時はバイオエタノールが流行し始めていました。コーンや大豆、サトウキビなどからバイオエタノールを作るのは簡単です。しかし、木のチップや枯れ草からバイオエタノールを作るには、セルロースを分解しなければなりません。その手段として、シロアリの腸内細菌が持つ酵素に期待が集まっていたこともあり、こちらでも高く評価されたのです。 ──木を材料にバイオエタノールを作れるのはとても魅力的ですが、その後、その分野の研究は進んだのでしょうか。 本郷氏:私がターゲットとしていた原生生物の共生細菌は、直接、木の分解に関わるものは少なかったのですが、並行して研究していたライバルチームは腸内細菌全体のゲノムを解析することで、数百種類の新しいセルロース分解酵素を発見しました。それが2007年ごろですが、それがきっかけとなって世界中で似た研究をする人が増えて一種のブームになりました。 ただし、いずれも共通の問題に突き当たっています。それが「コスト」です。遺伝子を取って木質分解酵素の機能を調べることは、もちろん技術的にはとても意味があり、役に立ちます。しかし、コストを考えると結局ガソリンが一番安い、となったのです。 たとえば、木材を利用するには、木材をチップ状に破砕しなければならず、そこでかなりのエネルギーを使ってしまうのです。池を作って大量に培養できる藻類の場合は、比較的成功していると思いますが、コストという点ではガソリンを上回ることが、現時点では難しいのが実態です。