シロアリはなぜ「木だけ」で生きられる?「100年の謎」を解いた東工大 本郷氏に聞いた
シロアリが「木だけを食べて」生きられる仕組み
──そこで「シングルセル・ゲノミクス」という手法を開発されて、腸内微生物の細胞を1つ取り出し、DNAを増幅、ゲノム解析によってその機能を明らかにされました。 本郷氏:シロアリの腸内の微生物は大きく原生生物(原虫)と細菌にわかれます。 細菌は原生生物の細胞内と細胞表面に付着して、それぞれが共生関係にあるのですが、ゲノム解析でわかったことは、細菌が空気中の窒素をアンモニアに変換してアミノ酸や核酸を作り、それが原生生物とシロアリの栄養源になっていたということです。 木には窒素がほとんど含まれていないにもかかわらず、なぜアミノ酸が作られるのかわからなかったのですが、その仕組みをゲノム解析によって明らかにすることができました。 もう1つは先ほども軽く触れた水素です。発酵が進むと水素がどんどん出て発酵が止まるはずですが、その水素を細菌が酸化して取り除いていることもわかったのです。 ヤマトシロアリの腸内原生生物であるディネニンファの細胞表面付着共生細菌2種の局在。(右の画像の)緑色の細菌が木質消化酵素を分泌し、マゼンタ色の細菌が水素除去を行う (出典:本郷氏提供) 木を分解する能力についても、原生生物が主に分解していると考えられていたのですが、細菌のゲノム解析を行うと、細菌も木を分解する消化酵素をかなり出していることがわかりました。 このように、シロアリ、原生生物、細菌がそれぞれ共生して、複雑な関係を保っていることがわかってきたのです。
100年の謎を解明できた「ゲノム解析の手法」
──ゲノム解析をしようとすると、当時の技術では大量のゲノムが必要になる。そもそも培養できなかったシロアリの腸内細菌をどうやって増やしてゲノム解析したのですか。 本郷氏:まず、私がシロアリの研究に携わったのは2000年です。博士号を取得し、タイに派遣されて、そこでシロアリの研究をしていたのですが、仲間と話し合っているときに、「φ29DNAポリメラーゼ」という酵素を使うと、1つの細胞のDNAを数百万、数千万倍に複製できるという論文を知りました。さっそく、確認したところ、「この方法ならシロアリの腸内細菌のゲノムを解読できるのではないか」と思ったのがきっかけです。 ──それには、まず腸内細菌の細胞を取り出さなければなりませんね。 本郷氏:ええ。課題は2つありました。1つはその酵素を使って本当にゲノム配列を解読できるような品質のDNAを取れるのかどうかです。複製すると言っても、当然、ミスがあれば台無しになってしまうので、実際にやってみないとわかりませんでした。 もう1つは、1種類の細胞を正確に取り出すことです。当時からセルソーターという1細胞レベルで細胞を分け取る機械はあったのですが、私としては、最初の試みとしては、細胞を1つだけ取りわけるよりも、同じDNAを持っている数十、数百の細胞の塊で試そうと思いました。というのは、セルソーターは10マイクロメートルくらいの細胞に適していて、1マイクロメートルの細菌を正確に分け取るのはかなり難しかったのです。 そこで、原生生物内で同じDNAを持っていると思われる細菌が集まっている箇所を顕微鏡で見ながら、マイクロマニピュレーターという装置で細胞を取ってきました。原生生物細胞内の同じ場所にいるなら、それはそこで増殖したクローンで、同じゲノムを持っていると思ったんです。そして、界面活性剤で原生生物細胞を壊すと、中から細菌が漏れ出てくるので、それを顕微鏡で見ながら毛細管でチューっと吸い取りました。