廃屋のような場所で見つけた、神々しい世界──弁当配達とレンズを介し、独居老人と向き合った男の10年
今年2月、福島さんはかつて自分がお弁当を持って飛び回った街を久々に訪れた。再開発が進み、お弁当屋さんは閉店になり、お客さんが住んでいたアパートも建物ごとなくなっていた。一軒だけ、お客さんは亡くなったけれど息子さんがまだ住んでいる家があった。福島さんが事情を話して、そのお客さんの写真を渡した。白いベレー帽をかぶり横向きに座ったおじいさんがお弁当を持っていて、その姿にレースのカーテンから柔らかい日がふりそそいでいる。写真を手にした男性の口元がほころんだ。 「おやじ、こんなに格好良かったんだ」 福島さんの写真に込めた想いが伝わった瞬間だった。 お弁当配達の仕事を辞め、写真集を出し、福島さんとお客さんのお弁当を巡る旅は終わった。今は友人の農場で働きながら撮った自然と人の写真を形にしようとしている。
--- 福島あつし(ふくしま・あつし) 写真家。1981年、神奈川県生まれ。2004年大阪芸術大学写真学科卒業、06年東京綜合写真専門学校研究科修了。04年から14年まで、神奈川県川崎市で高齢者の独居家庭を対象にした弁当配達のアルバイトに就く。そこでの光景を撮った写真で、19年、KYOTOGRAPHIEサテライトカテゴリーKG+でグランプリ受賞。21年、初の写真集『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』(青幻舎)を出版。 神田憲行(かんだ・のりゆき) 1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。師匠はジャーナリストの故・黒田清氏。昭和からフリーライターの仕事を始めて現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』、『横浜vs.PL学園』(共著)、『「謎」の進学校 麻布の教え』。最新刊は将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』(朝日新聞出版)。