『百年の孤独』に影響を受けた作家が同じ失敗を感じたはず…ガルシア=マルケスを超えられない理由とは? 池澤夏樹と星野智幸が語る【第5回】
星野 そのような意識がこの『百年の孤独』を生んだ1つの土壌だったのかなと思います。そうじゃなければ単なる地域の言葉で書かれた、ローカルな文学で終わったかもしれません。あのときの動きがガルシア=マルケスの語りを作り、ラテンアメリカ文学をここまで大きくさせたんでしょうね。 僕も最初の頃はガルシア=マルケスの文体を意識して小説を書いていました。だけど、今お話のあったイサベル・アジェンデだったり、中国の鄭義(チャンイー)や莫言(モーイエン)だったり、世界中で『百年の孤独』を自分の土地でやってみようと思った作家が、80年代から90年代にかけて大作を次々と書き上げていたわけじゃないですか。そういうのを知ってしまうと無邪気に真似なんかできないなと思ったのが正直なところでした。 池澤 そうなんですよね。何を今更、って思ってしまうんです。 星野 ええ。そのことを理解しながらも、でも模倣からじゃないと書き始められないという気持ちがせめぎあうのを感じながら、デビュー作の『最後の吐息』を書いたりしていました。 池澤 僕も星野さんの小説を読んで確かにラテンアメリカ文学と同じものを感じるんだけど、それはマジックを使っているからというよりも、話が繁茂していくからなのではないでしょうか。物語が生まれては広がり、もぞもぞとどこかへ動いていく。あの化け物的な感じ。ラテンの世界って密林が多いでしょう。そこでは必ず植物が繁茂してるんですよ。放っておくと雑草だらけになるし、蔦が絡まるし、木が伸びて実が落ちて腐敗する。ご本人が気づかれているかはわかりませんが、僕は星野さんの小説のなかでの話の広がり方は繁茂という言葉に近いと思う。 星野 ありがとうございます。おっしゃってくださったことは自分でもよくわかります。僕が植物を好きな理由はその繁茂性にありますし。 池澤 坐ってじっくり見る前に先の方へ歩いていってしまう。繁茂性というのはそういう性質のことですよね。 星野 そうだと思います。隙間があれば入っていっちゃうし。だから自分でもそういった植生をコントロールすることは無理だろうなってわかっているんです。むしろそうなることの心地よさに身を委ねながら書いていたりします。そもそも言葉自体にそういう性質があるんじゃないでしょうか。日本語では言葉は言の葉と書きますが、言葉が言葉を呼び寄せて反応し合うというのはどんな文学にも必ずあることです。僕自身はガルシア=マルケスを読んだときにそれでいいんだと心を解除することができたような気がします。 池澤 刈り込まなくていい。伸びるだけ伸ばしてみる。そうするとそいつら同士が競争して、枝葉がぐんぐん広がっておかしなことになっていくから、それをただ見ていればいいってことですね。それがラテンアメリカ文学の、そして星野さんにとっての繁茂性なんでしょう。 星野 ただ、一方では刈り込もうとする自分もいたりはします。 池澤 それもわかります。両方なんですよね。何も考えないで始めてみたいなと思うんだけど、どこかでカチッと考えたい自分もいる。先を考えずに書いていると不安なんですよ。どうしようかなと思う。そんなときに一人の登場人物がぼそっと何か言っただけでそこから先が見えてくるということもありますね。それが連続的にできればいいんだろうけど、なかなかうまくはいかない。 星野 その世界を生きるには体力が必要なんですよね。 池澤 そう、体力がなくちゃ密林を生きられない。 *** 最終回の第6回では、マジックリアリズムの世界観が現実と拮抗していることに着目し、『百年の孤独』を考察した対談をお伝えする。(全6回の一覧はこちら) *** 池澤夏樹 作家。1945年北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。東京、ギリシャ、沖縄、フランス、札幌を経て、2024年5月現在安曇野在住。主著『スティル・ライフ』『母なる自然のおっぱい』『マシアス・ギリの失脚』『楽しい終末』『静かな大地』『花を運ぶ妹』『砂浜に坐り込んだ船』『ワカタケル』など。「池澤夏樹個人編集 世界文学全集」「同 日本文学全集」を編纂。 星野智幸 作家。1965年ロサンゼルス生まれ。早大卒業後、新聞社勤務を経てメキシコに留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞受賞。主著『目覚めよと人魚は歌う』『ファンタジスタ』『俺俺』『夜は終わらない』『焔』など。 [文]新潮社 1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。 協力:新潮社 新潮社 新潮 Book Bang編集部 新潮社
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