「兄の同居は認められない」警鐘を鳴らした児相のジレンマ 子どもの声をどうすくい上げるのか【大津女児虐待死事件(下)】
こうした成育歴は、京都府児相から滋賀県児相への引き継ぎ資料にも含まれていたはずだが、見過ごされたままになっていた。滋賀県の担当者は「直近の記録に粗暴歴はなく、過去の古い記録にさかのぼらないと分からない情報。正直なところ、そこまでは読み解けなかった」と明かす。 児相の対応が後手に回った背景には、兄が「17歳」という年齢だったことも影響しているだろう。児相が相談援助業務の対象とするのは原則18歳未満に限られる。「大人の一歩手前」にいる兄に対して、児相は妹の監護者として機能することを一方的に期待しながら、彼の内面に目を向けられなかったのではないか。 当時は新型コロナウイルスの感染拡大期だったこともあり、児相はもっぱら母親との電話連絡を基に状況を把握しようとしていた。結果論ではあるが、夏休みに入ってすぐ家庭訪問ができていれば、兄の苦しみや実愛ちゃんへの暴行についても察知することができたのではないだろうか。
▽「どんな家族になりたいのか」 今回の事件は、子どもの声をすくい上げることの難しさを浮き彫りにした。児相などの第三者機関が兄妹の声を受け止めるためにはどうすれば良かったのか。 元滋賀県児相の職員で、児童心理司としての経験も豊富な菅野道英さんは「心理職のスタッフであっても、子どもたちの本心を聞き出すことは簡単ではない。今回の兄妹は事情が複雑で、さらに難易度が高かっただろう」と語る。 実愛ちゃんは6歳という年齢が対応を難しくする一因だという。「幼い子どもは大人が求めている答えに合わせてしまうところがある。彼女が不安を感じていたとしても、それを聴きだすには、心理職のスタッフとの関係づくりが必要だ」との見方を示す。 兄については「幼い頃から安心できる居場所を与えられなかった彼が、困った時に母親を頼ってしまうのはあり得ること」とおもんぱかり、過去の逆境体験が第三者との信頼関係づくりでハードルになると指摘する。「彼の声に耳を傾けるというのは、過去のつらい体験も含め、いろいろな話を聴きだした上で人間関係をつくり直すということ。児相の職員が短期間で実現することは至難の業だ」