「兄の同居は認められない」警鐘を鳴らした児相のジレンマ 子どもの声をどうすくい上げるのか【大津女児虐待死事件(下)】
▽既成事実化した同居、児相は追認 大阪市が慎重に判断しようとしていた形跡は他にもある。実愛ちゃんは2021年3月に大阪市内の児童養護施設を出て、本格的に母親との同居を始めた。児相の手続きでは「施設入所措置の停止」と呼ばれる状態だ。国が定めた児童相談所運営指針によると、通常はこの「停止」から1カ月以内に措置が「解除」され、完全な家庭引き取りとなる。 だが実愛ちゃんの場合、措置の「解除」は「停止」から約2カ月後の2021年5月だった。大阪市の関係者は「小学校の入学と時期が重なったこともあるが、複雑な家庭状況を踏まえ、より慎重に判断するべきだと考えたのだろう」と語る。 その半面、「措置解除」を決定する直前にケースワーカーが家庭訪問した際は、兄が既に同居していたことが確認されている。この時、新しい家庭の核となるはずだった養父は不在だった。懸念していた「家族構成の変化」を目の当たりにしながら、児相はなぜ立ち止まれなかったのか。その点を問うと、取材に同席した担当課長は「家族構成はまだ流動的で、父親の不在、兄の同居が恒久的なものになるとは想定できなかったのではないか」と説明した。
「計画にない兄の同居は認められない」と言いながら、その状況が既成事実化されると「恒久的なものではないだろう」と解釈して追認してしまう。それではあまりにご都合主義ではないだろうか。改めてそう尋ねると、担当課長は口惜しげな表情でこう語った。「児相は家庭引き取りに向けて計画を立てるが、最終的な家族の形はそのご家庭が決めること。児相が指示できるものではないんです」 家庭訪問したケースワーカーの胸中にはジレンマや不安があったかもしれない。だが母親と兄、実愛ちゃんの3人暮らしはすでに動き始めており、結果的に家庭引き取りという結論を変えるには至らなかった。その後、実愛ちゃんに関する業務は大阪市児相の手を離れ、転居先である滋賀県の「大津・高島子ども家庭相談センター(児相)」に引き継がれることになった。 ▽実現しなかった「合同引き継ぎ」 自治体間の引き継ぎにも課題が指摘されている。前述した通り、実愛ちゃんのケースは生まれて間もない時期から大阪市児相が所管していた。他方、兄は2021年2月ごろまで京都府内で暮らしていたため、彼の援助業務は京都府児相の管轄だった。2人が大津市の母親宅へ転居したことにより、滋賀県は大阪市と京都府からほぼ同時に引き継ぎを受けることになった。