自民党総裁選告示:新政権には日本経済の潜在力向上に資する経済政策の推進を
成長戦略の継続を
岸田政権の経済政策は、賃上げと所得再分配を重視するという左派色が強い形で3年前にスタートした。しかし途中からは、成長重視の姿勢を強めていったのである。この点は評価したい。以下は、岸田政権の下で進められた主な成長戦略だ。 ①「資産運用立国実現プラン」を通じ「貯蓄から投資へ」の流れを加速 ②「三位一体の労働市場改革」で、労働生産性向上と産業構造の高度化を実現 ③「少子化対策」の更なる推進で企業の中長期の成長期待を高める ④「外国人材確保(外国人実習制度改革と特定技能制度拡充)」を進め、労働供給と需要創出を促す ⑤「インバウンド戦略」でインバウンド需要を地方に呼び込み、地域経済活性化を図る ⑥「東京一極集中是正」を推進し、地方に余ったインフラなどの資源を有効活用し、国全体の生産性を向上させる。インバウンド需要の誘導を入り口に地域経済を活性化させ、都市部の人、企業を地方部に呼び込む いずれの成長戦略もまだ道半ばであるが、これらをさらに進めていくことで、労働生産性上昇など経済の潜在力向上に資することが期待される。 総裁選では、岸田政権が進めたこれら成長戦略についての言及が多くないのが残念だ。林氏は岸田路線の継続を謳っている。また、小泉氏も「貯蓄から投資へ」などの岸田政権の経済政策を引き継ぐとしている。また小泉氏と河野氏は、労働市場改革を進める考えを明らかにしている。 しかし、より実効性の高い少子化対策の次のステップ、外国人材活用、インバウンド戦略、東京一極集中是正などについて、今のところはあまり活発な論戦は聞かれていない。重要な課題である地方経済活性化についても、石破氏以外はあまり強調していない印象だ。新政権には、成長戦略最優先の姿勢で臨んで欲しい。
踏み込みが足らない規制改革
最後に、規制改革については、河野氏と小泉氏が、解雇規制緩和を伴う労働市場の流動化を主張している(コラム「自民党総裁選:『小石河』有力3候補の経済政策」、2024年9月9日)。ただし、解雇規制は必ずしも最優先課題ではないように思われる。岸田首相が推進してきた労働市場改革は、リスキリングなどを通じて技能を高めた労働者が他の産業・企業に転職することでその能力をより生かし、成長分野を拡大させる産業構造の高度化につなげることを目指すものだ。 企業が解雇を容易にすることではなく、高い技能を身に着けた労働者が自ら転職することでより高い給与を得ていくような形での労働市場の流動化を、まず優先すべきではないか。それには、リスキリングの支援、ジョブ型制度の拡大などを政府が推進して行くことが重要だ。 日本の解雇規制は他国と比べて、必ずしも厳しいとは言えないとされる。過去の判例が積み重ねられ、また社会的通念が形成されるなかで、事実上解雇が難しくなってきたものと考えられる。その場合には、単に法律を変えても実態は変わらず、労働市場の流動化は進まない可能性もあるのではないか。 小泉氏は、規制改革を進めた小泉元首相を父に持つことから、積極的な規制改革を掲げることが期待されていた。しかし同氏が示した規制改革は、解雇規制の緩和やライドシェア全面解禁などに限られる。岩盤と言われた医療分野での更なる規制改革を目指す、などといった非常に意欲的なものではないように思われる。 岸田政権は、小泉政権が進めた規制改革は、格差を拡大させたとして当初は否定的だった。そうした課題も含め、総裁選では規制改革の議論についても、もっと議論を深めていって欲しい。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英