「口の立つやつが勝つってことでいいのか」ハッとするタイトルが反響を呼ぶ頭木弘樹氏のエッセイ(レビュー)
タイトルを見てはっとした人も多いのではないか。実際にページをひらいてみると、こんな言葉に出くわす。〈言語化するというのは、たとえて言うと、箸でつまめるものだけをつまんでいるようなものだ。/スープのようなものは箸でつまめない〉――本書は、そうした切り捨てられがちな「スープ」をすくいあげようと試みるエッセイ集だ。 今年二月の発売から、わずか三ケ月で四刷が決定。 「ありがたいことに嬉しい反響をいただいております。記者やメディア関係の方からは“こういう仕事をしているから余計に心に響いた”という感想をいただくことが多いです」(担当編集者) 著者の頭木弘樹氏はNHKラジオ深夜便のコーナーを書籍化した『絶望名言』や『うんこ文学』なるアンソロジーで知られるユニークな文学紹介者。かつては「口の立つほう」の子供だったが、二十歳のときに潰瘍性大腸炎という難病を患った体験を通じて、本来この世界は言語化できないものばかりであることを痛感したという。 例えば、理路整然と話せない友人。同じ話を何度も繰り返すお年寄り。作中で披露されるのはいずれも「言葉」をめぐる、もとい「言葉にできないこと」をめぐるエピソードだ。読んでいるうちに、自分が切り捨ててきた感情が次々に頭をもたげるのを感じる。 折しも今月、水俣病被害をめぐる環境大臣との懇談の場で、被害者団体側が発言する際にきっちり三分でマイクを切るよう環境省側が事前に決めていたことがニュースになった。言語化自体をも制限するような虚しい合理主義が横行するなか、本書につづられた言葉には、読者からの「応答」を促すような力が確かにある。 「人の手助けを引き出す『弱いロボット』の研究で知られる岡田美智男さんが、ご自身の著書のことを『弱い本』という言葉で表現されているんですが、頭木さんもまた、論理を押しつけるのではなく、読む人の経験に支えられて成り立つような本を目指しているとおっしゃっています。その“支え方”の可能性が様々に開かれていることこそ、幅広い読者を得ている理由なのかもしれません」(同) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社