【今治】岡田武史オーナーJ2昇格「ホッとしたよ」経営参画から10年…鳥取に5発で2位以内確定
<明治安田J3:鳥取0-5今治>◇10日◇第36節◇Axis 元サッカー日本代表監督の岡田武史氏(68=日本協会副会長)が会長を務めるFC今治が、J2昇格を決めた。敵地でガイナーレ鳥取に5-0で完勝。2試合を残して3位カターレ富山との勝ち点差を7以上に広げ、自動昇格圏の2位以内を確定させた。2度のFIFAワールドカップ(W杯)指揮を経て2014年10月に経営参画してから10年。スタンドで歓喜の瞬間を見届けた岡田氏は、試合後「ホッとしたよ。たくさんのサポーターがアウェーまで来てくれて、喜んでくださる姿を見て、やはりホッとしたのが正直なところ。今治でも多くの方がパブリックビューイングに集まってくれて、応援してくれて、盛況だったと聞いている。本当にありがたい」。国内5部相当の四国リーグからJFL、J3と駆け上がり、来季は初のJ2舞台に挑む。 歓喜の瞬間は、教え子の本拠で迎えた。相手の鳥取は、元日本代表FWの「野人」岡野雅行氏(52)が代表取締役GM。97年11月、W杯フランス大会のアジア最終予選プレーオフで、第1次岡田ジャパンがイランと第3代表決定戦を行い、決勝点を挙げた男だ。日本悲願のW杯初出場を達成した「ジョホールバルの歓喜」。共闘した師弟が、今はJクラブのオーナーとして戦い、岡ちゃん今治がJ2昇格を果たした。 教え子と、成し遂げた。現場を仕切るのは元日本代表の服部年宏監督(51)。ともに98年W杯へ挑んだDFだった。02年の日韓大会もMFとして日本代表に選ばれた守備職人が、今季就任。前節まで19勝7分け9敗の勝ち点64を積み上げるタクトを振るい、岡田氏も「本当に成長してくれた。勇気があった」と称賛する。 この日も、服部監督が先発復帰させたエースが期待に応えた。背番号10のFWマルクス・ビニシウス(26)が前半7分に先制PKを決め、後半も豪快ミドルで2点目。さらには後半39分にハットトリックを完成させた。3年前に獲得し、岡田氏ら指導陣の下で成長。得点ランキング単独1位に浮上する18点目で昇格を決定づけた。 ビニシウス「加入から3年間、J2昇格のために戦ってきたので本当にうれしい。みんなが頑張ったから成し遂げられました。(得点ランク暫定1位に)個人の目標はそこなので、残り試合も達成できるよう、やり続けたい」 服部監督「優勝はできなかったんですけど、とにかく今年の目標であった昇格というものを手にすることができて、ホッとしたのが一番です。本当に苦しい時、ファン・サポーターに支えていただいて、背中を押していただいて、ありがとうございました。そして、おめでとうございます」 J2昇格に王手をかけて1戦目。勝てば文句なしだった試合で、敵地に詰めかけた約500人の前で、一発で勝ち切った。過去1分け3敗だった鳥取アウェーで初白星。鬼門を破り、J2への扉を開いた。 今季は、開幕戦で同じ鳥取にホームで1-0。4連勝と幸先は良かったが、途中4~5月に4連敗。一時は11位まで沈んだ。浮上のきっかけは、ホームでつかんだ。昨年1月に今治里山スタジアム(現アシックス里山スタジアム)が完成。岡田氏とクラブが総工費40億円をかけた、極めて異例の民設民営方式で、J2基準を満たし、かつJ1仕様の1万5000人まで増設できる新本拠で勝ち点を量産した。 昇格プレーオフ圏の6位にも届かぬ10位で迎えた正念場。6月16日のSC相模原戦から、その新ホームが聖地と化す。直近10戦負けなし(8勝2分け)。8月下旬に自動昇格圏の2位に浮上すると、J1から降りてきた大宮の首位独走こそ阻めなかったもののの、懸命に2番手をキープした。2試合を残して目標に到達した。 岡田氏は14年10月18日、四国リーグだった今治の運営会社から株式51%を取得した。横浜F・マリノス監督時代にJリーグ2連覇、代表では10年W杯南アフリカ大会で16強入りした指導者から、地方クラブの経営者に転じた。眼鏡の奥の目を鋭く光らせる対象は、試合の分析映像から、PL(損益計算書)やキャッシュフローへ変わる。自身の知見を基にした指導理論「岡田メソッド」も体系化したが、一方で監督職に必須である自身の「S級ライセンス」は返上。指導を「任せる」難しさも痛感する日々で、時には「心を鬼にして」現場にも“介入”した。 「25年にJ1で優勝争い」を掲げたが、一足飛びにはいかない。「岡田武史」の威光に相手チームは発奮し、今治にだけは100%以上の力を出してきた。各カテゴリーの昇格まで四国リーグで2年、JFLで3年、このJ3では5年かかった。昨季も2位に勝ち点3差の4位で涙をのんでいた。念願だった。 社員6人、見知らぬ土地でビラ配りや庭木の剪定など御用聞きからスタートした。常々「全社員と家族を食わせる義務がある。投げ出せない。『やめてやる』と開き直れる代表監督と違う重圧」と語ってきた岡田氏。今では地元に開校した私立高校の学園長まで務めるほど、地域に根差している。通過点、ではあるが、昇格の瞬間、表情を緩め、つかの間の安心感に浸った。 初挑戦のJ2に向けて「悠長に何年もかけて…(J1昇格)とは思っていない。何年か後、ではなく一気に上がるつもりで勝負したい」。岡田オーナーの目は既に、さらたる高みへ切り替えられていた。【木下淳】 ◆FC今治 1976年(昭51)に大西サッカークラブとして設立。12年にJ3愛媛の下部組織から独立し、現名称に。14年11月、岡田氏が運営会社「今治.夢スポーツ」の株式51%を取得してオーナーになる。16年にJリーグ百年構想クラブ。かつては駒野友一や橋本英郎も在籍した。クラブカラーは青。所在地は愛媛県今治市高橋ふれあいの丘1の3。矢野将文社長。