冷暖房なし、工具費は自腹。人の命を預かっているのに――人材不足が深刻化する自動車整備士の窮状
「うちの学校の志願者数はそこまで減っていません。ただ、自動車整備士以外の業界に就職する人が多いですね。例えば、建設機械あるいは旅客(タクシーやバス)、運輸業の会社へ就職することが多いです。これらは自社で整備部門を抱えています。ディーラーなどの整備場よりも、給与面など待遇がいいところはたくさんありますから」 撮影禁止を条件に、学校の廊下に張り出されている求人票を見せてもらった。 高いところは月給25万円を超え、賞与も年2回もらえる。それらは主に、タクシーやバスなどの会社が自社で構えている整備部門の求人だ。ディーラーや町工場の整備場の求人で賃金が高いところは多くはなかった。整備士の資格手当は、1万~2万円のところがほとんどで、月給10万円に諸手当が5万円という求人もあった。田中さんは「諸手当が毎月ちゃんと払われるかは怪しい」と話す。 2021年度版の自動車整備白書によれば、自動車整備士の平均年収は398万円で9年連続の増加となった。一方、2020年度の国税庁の調査によると、民間の給与所得者の平均年収は433万円。自動車整備士の年収は平均を下回っている。 なぜ、自動車整備業界は年収が低いのか。 「整備場の主な収入は車検整備です。高いと言われる車検(の金額)も、本当はそんなに高くないんですよ。半分くらいは税金や保険料でもっていかれるから。差し引いたら、民間の整備場に残るお金なんて数万円ですよ。一方で、1台の車整備にかかる時間はどんなに早くても3時間。もっとかかる車もあります。時間がかかるのに残るお金は少ないんです」
車検整備を主な収益とするビジネスモデルは限界
都内の自動車整備学校で教員を務める徳田健一さん(仮名、40代)も、整備業は車検では儲けられないと語る。 「車検整備を主な収益とするビジネスモデルは限界がきています。車検での利益が多くないので、車検に来たお客さんに『この部品を買って付けたほうがいい』などと、整備士が営業するケースもあります。なんとか売り上げを伸ばそうとしているのが現状です」 「高度経済成長期以降、車は生活の一部となり、車好きも増えていきました。稼げない業種だけれども、やりがいで働く人たちが一定数いて、人材の需要と供給のバランスが保たれてきたのです。でも昨今、車好きな若者は少なくなり、バランスが崩れました」 一方、自動車の保有台数は年々伸び続けている。一般財団法人・自動車検査登録情報協会の調査によると、自動車保有台数はリーマン・ショックの影響で一時期は減少したものの、高度経済成長期から増え続けてきた。 日本自動車整備振興会連合会は2021年度版の自動車整備白書で増加の背景について、「エコカー補助金などの施策もあり、ハイブリッド車(HV)・軽自動車・コンパクトカーを中心とした新車販売が好調となった」としている。 さらに今、自動車業界では電子化や自動化が進み、「100年に一度の大変革期」を迎えている。政府は2035年までに、すべての新車販売を電気自動車(EV)やHVなどに切り替える方針を打ち出している。