小松礼雄ハース代表とモリゾウの初対面秘話。F1パワーユニット/エンジン開発への興味【トヨタ/TGR加地部長インタビュー/後編】
トヨタ/TOYOTA GAZOO Racing(TGR)のモータースポーツ活動で多くの現場の責任者を務める加地雅哉部長。その担当範囲はWEC(世界耐久選手権)、スーパーGT、スーパーフォーミュラ、さらに今季からはハースとのF1提携活動も加わった。実際に現場を率いる加地部長に前編に続きハースとの提携の詳細、小松礼雄ハース代表とモリゾウ氏とのやりとり、そして現在気になる他カテゴリーの進捗について聞いた。 【写真】トヨタGAZOO Racingが開発を進めているGR GT3コンセプト(2022年東京オートサロン時) ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ⎯⎯TGRとハースF1との技術提携、人材育成ですが、すでにハースのスタッフがTGR-Eのドイツ・ケルンのファクトリーに行っていると聞きました。TGRのスタッフもハースに行っているのですか。 「行っています。(加地部長も?)はい」 ⎯⎯イギリス・ハンベリーのハースのファクトリー印象はいかがでしたか? 「規模的にはそれほど大きくないなと。小松代表にも言いましたが、よくこの規模感であれだけのパフォーマンスを出せているなと」 ⎯⎯F1で一番、予算規模の小さいチームですが、効率はやはりすごいのですね。 「驚きました。本当にすごいと思います。ですので、そういうチームと私たちが持っているもの、シミュレーション技術などを組み合わせることで、お互いに高め合える部分が大きいと思いました。だからこそドライバーもしかり、エンジニアやメカニックもしかり、一緒にやることで人が育つと思います。そういった点が提携を決めた一番大きいポイントだったと思います」 ⎯⎯加地部長と小松代表、同世代のふたりが日本のモータースポーツ界を元気に、わくわくさせたいという想いが共通したというのも提携の背景にあると聞きました。 「その想いの一番はモリゾウさんですね。もちろん、私の気持ちも一緒ですが、もともとこのプロジェクトのきっかけはモリゾウさんが『今の子どもたちに憧れや夢を与えたい。そういう道をしっかり作りたいんだ』ということでした。それはドライバーだけではなく、自動車産業を目指す子どもたちがこのような道もあるのだと、わかることだけでもすごく夢のあることです。そういう道を作っていきたいというモリゾウさんの強い想いがありました」 「その想いには私もすごく感謝して共感しています。その道作りを一緒にできるパートナーを模索していく中で小松代表とお会いできた。そして、小松代表も同じような想いを持っていらっしゃいました。ですので、そういった共感で始まったことは大きいですし、モリゾウさんと小松代表の共感もすごく大きかったと思います」 ⎯⎯小松代表も本当にストレートな方なので、ダメなもの、必要なもの、そしてやらなきゃいけないことの認識が明確な方だと思います。 「お互いに危機感のようなものがすごく強くあります。モリゾウさんが今の日本のモータースポーツをサスティナブルにしていきたいという思いを強く持たれているのは、モータースポーツが自動車産業の発展に寄与するべきであり、それに憧れる子供たちやファンの方々がいて、それでやっと業界がサスティナブルになって回っていく」 「ヨーロッパは少し違いますが、今の日本のモータースポーツはステークホルダーの皆さんがしっかりとつながっていかないと続いていきませんし発展していきません。みんながモータースポーツや自動車に興味を持ってもらうという点では、今、こういう取り組みがないと日本のものづくりやモータースポーツが保っていけないといった健全な危機感が一緒にあるのかなと思います。文化のようなものもひとつの要素としてあります。モータースポーツを文化にするという点では、日本ではまだできてないと思います」 ⎯⎯加地部長が小松代表とそのような話をしたときに、そのマインドはモリゾウさんともうまくいくなという予感みたいなのはありましたか。 「ありました。すぐに、『一度、モリゾウさんに会って話をしませんか』とお誘いしました」 ⎯⎯そして6月に都内で両者が対面した際、ざっくりとした聞き方になってしまいますが、加地部長から見て、ふたりはどのような感じだったのでしょうか。 「普通はモリゾウさんに初めて会うと、とても恐縮すると思います。僕も今でもそうです(苦笑)。最初は『大丈夫かな?』と思っていました。小松代表もおそらく多少、緊張されていたかもしれません。ですが、小松代表はすごくストレートな方なので、クルマの話やニュル(ブルクリンク)の話で始まって盛り上がって、F1の話はほぼしていませんでした(笑)。小松代表も自分でニュルを走った経験や、モリゾウさんが自分でハンドル握ってS耐やニュルなど挑戦していることにすごく共感されていましたし、ある意味、小松代表はドライバー目線で嫉妬していらっしゃいましたね(苦笑)」 ⎯⎯小松代表も、自分でクルマに乗りたい、サーキットを走りたいと思っている方ですからね。 「そうなんです。『本当にうらやましい、僕もやりたい』という話や、クルマの談義、小松代表が学生時代からイギリスにチャレンジした際の話、モリゾウさんもイギリスに滞在していたご経験があるので、世界のトップにチャレンジして、プロフェッショナルに自分の腕でチームや業界を引っ張っている人という点で、素直に共感するところがあったと思います」 ⎯⎯会見でもふたりが述べていましたが、本当に初対面で馬が合うという雰囲気だったのですね。 「今は正解がない時代ですので、最初からメリット/デメリットのような考え方でコラボレーションするとうまくいきません。結局は人と人がちゃんと共感できるかといったベースがないとうまくいかないですし、続きません」 ⎯⎯通常、エンジニア出身の方はデータと数字を元に判断すると思いますが、加地部長も小松代表もエンジニアながら、お互い、その人間の部分で決めるという点がとても興味深いですね。 「そこは小松代表もモリゾウさんもみんな同じだと思います。結局、モノを作るのは人です。ですので、人の力がないと何もできません。もちろん、能力も必要ではありますが、『考え方』や『想い』がそこにないといけない。計算機を叩いて答え出す世界で、それがなければモノ作りはできません」 ⚫︎気になるF1のPU(パワーユニット)/エンジンの開発についての興味と現実 ⎯⎯やはり、ファン視点でも、いずれTGRはF1のパワーユニット/エンジン(PU)開発もやって欲しいという声があります。将来的な可能性、そして興味という意味ではいかがでしょうか。現在のWECのPU開発は制限多くて、なかなか難しいということもあると聞いています。 「WECのPU開発の縛りは強いのですが、それでも開発をしていくことで技術が育たないことはないと思います。やればやるだけさまざまな発見があり、どのようにすればより熱効率上げられるか、といったことは必ず出てきます」 「ただし、今のレギュレーションのまま、PU開発を進めることが正解なのかは、正直わかりません。ここは私たちがF1からも勉強すべきところだと思っています。モリゾウさんからも『(F1は)もう15年もやっていないのだから学びなさい』と言われています。もう少し、いろいろなことを理解して、次のステップとして考えるべきところかとは思っております」 ⎯⎯とても大まかな聞き方になってしまいますが、今のF1のハイブリッド技術とWECのハイパーカーのハイブリッド、レースエンジニアリング技術はどの程度の違い、差があるのですか。 「今のWECのハイパーカーのシステムはとてもシンプルなので、個々の要素技術を育てるという意味では、別にどちらが優れているといったことはまったくありません。F1のシステムはとても複雑で特化された技術なので、一部の領域にはすごく洗練されていますが、そのままそのシステムを市販車で使えるかというと、だいぶ難しいです」 「その面であれば、まだハイパーカーの技術の方が一般的な形で使いやすい。例えばフロントモーターであれば、モーターとインバーターとギヤがあり、形状なども制約されないので、ある程度、自由に市販車でも使えるような形で作ることができます」 「それとは逆に(レースでのパフォーマンスに)特化した性能を出すために開発しているのがF1です。先述の空力と一緒で、尖った先の技術を求めて開発していく面ではF1の方が優れていると思います。より一般的な技術としてはWECの方が使いやすいですので、その違いはあります」 「今はハイパーカーですが、かつてのLMP1時代は技術的なレギュレーションは自由度が高かったので、ハイパーカーで扱っている技術も一般的な技術も使えましたし、少し尖った技術も使えました。熱効率もF1とほぼ同じか、少し良いぐらいの技術で開発できていた時代でした。今はハイパーカーとF1のPUを比べると、かなり違うと思います」 ⎯⎯ひとりのエンジニアとしては、F1のその技術に興味がありますか。 「技術そのものには興味があります。面白いなと思います」 ⎯⎯F1は2026年からPUのレギュレーションが新しく変わりますが(1.6リッターV6直噴シングルターボエンジンの仕様は同じだが、モーター出力を約3倍にするなどカーボンニュートラル実現に向けた変更が盛り込まれている)、その仕様も気になりますか? 「もちろん、見られるものは見ています。今よりもいろいろなものに使いやすいシステムにはなるのかなと思います」 ⎯⎯F1ではPU開発メーカーが集まって次世代PUについてのマニュファクチャラー(製造者)会議が時折開かれています。こちらもやはり、興味がありますか? 「学びという意味では参加した方がいいだろうなと思っていますが、参加するにはマニュファクチャラーとしてのF1での登録が必要になります」 ⎯⎯すぐに参加できるわけではないのですね。では、少し話を変えまして、ル・マンの水素クラスの参戦コミットについて、いつ頃の発表になるのか教えて頂けますでしょうか。 「(参戦コミットが)いつどういう形で、どのようになるのかはまだ決めていません。ただ、水素社会をしっかりと作っていきたいという想いは強くあります。モリゾウさんもそうですし、トヨタ自動車としてもその想いがあるので、水素技術が社会の発展に寄与することであれば、それはポジティブにやっていくべきだと思っています」 「そういう意味でS耐から始まってきた水素の開発や仲間作りの部分、共感で始まった活動などをワールドワイドに広げていく中で、WECの水素クラスがヨーロッパに水素をどのようにどうやって広げていくか、ひとつの材料になるとは思います。いつどのようにというのは、今はなにも言えません」 ⎯⎯続いてお伺いしたいのが、開発中のGT3マシンについての現状です。希望としてはF1の技術を反映してくれると嬉しいなと思っているのですが……。 「それは今の段階では難しいです(苦笑)。そのうちアップデートする中で、空力など得られるものはあると思いますし、長いロングスパンでは(技術の反映が)あるかもしれませんが……」 ⎯⎯ハースの空力パーツがついていたり、リヤウイングがハースに似ているとかですと、ファンとしては嬉しいと思います。 「それは面白いですね(笑)。これまでのGT3の開発はすごく順調ですよ。GT3ですので市販車の開発とセットで進めているものですから、市販車の日程感で動かざるを得ないところはあります。認証をしっかりやらなければいけませんので、そのスケジュールに合わせて進んでいます」 ⎯⎯続いて、来季のWECにはテスト・リザーブとして今季名前のあった宮田莉朋選手がありませんでした。宮田莉朋選手の来季はどのような方向になるのでしょう? 「宮田選手には、しっかりと成長するステップを踏んでもらうというのが大事だと思っています。付け焼き刃的ではなく、腰を据えて取り組んでもらいたい思いがあります。ですので、来期はある程度ターゲット絞る予定です」 ⎯⎯当然、宮田選手に続いて、他にも若手ドライバーを世界にという思いもありますよね。 「もちろんあります。最初の話に戻りますが、モリゾウさんが夢や憧れをしっかり作っていくこと、ドライバーを目指す人やそのドライバーが世界のトップを目指せる道を作っていくという意味では、今のままでは駄目だと思っています」 「今よりも幅広く、期間的にもロングタームで取り組んでいく必要があります。モータースポーツの道に憧れて、一緒に私たちと仕事したいと思ってくれる子どもたちがいっぱい来てくれたらすごくありがたいですし、その道を広げていく活動はしっかりやっていきます。それは日本でもそうですし、ヨーロッパでも同じですね」 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 目の前の勝利を追いながら、TGRのエンジニアとしてF1を加えた各カテゴリーの技術面全般に精通し、さらにドライバーの育成やキャリア、国内モータースポーツの発展についての未来図を描き、そして国内、欧州を問わずに自らサーキット現場の最前線で行動し続けている加地部長。「ウチもそんなに人が多いわけではないので(苦笑)」と謙遜するが、その足取りの先には、今とは違った日本の新しいモータースポーツの未来がしっかりと見えているのかもしれない。 ⚫︎プロフィール:加地雅哉(かじ まさや) 1976年生まれ、同志社大学大学院工学研究科修了後、2002年にトヨタ自動車株式会社に入社。EHV技術部、HV先行開発部グループ長などを経て、2015年にモータースポーツユニット開発部グループ長に就任。2019年GRパワートレーン推進部部長、2023年G.R.Companyモータースポーツ技術室室長となり、2024年からはG.R.Company BR GT事業室室長を務める。同時に、株式会社トヨタカスタマイジング&ディベロップメント取締役(非常勤)、株式会社GT アソシエイション監査役、株式会社日本レースプロモーション監査役を兼任する、TGRのモータースポーツ活動を担う最前線の責任者。 ※肩書きが大変多い方なので、オートスポーツwebでは加地部長の略称で表記しています。 [オートスポーツweb 2024年11月28日]