保健室のタブレットで心の不調をキャッチ 11の質問から命を守る取り組み
そんな経験をきっかけに、教育学を専攻し、学校教育や子どもの心身のケアについて学んだ。また自身も養護教諭免許を取得した。しかし、養護教諭は基本的に一校に一人しかいない。学校によって養護教諭の経験や力量には違いがある。「この学校だから命が救われたという子もいれば、その逆もいる」と感じたことから、その差を埋める方法を探ろうと、自殺予防の研究者の道に進んだ。 2014年、中高生2万人にいじめや死にたい気持ちについて尋ねたアンケート調査を解析。その結果から「命の危機が迫った子ほど助けを求めない」という傾向を割り出し、国際誌に論文を発表した。心が苦しくなったときは援助を求めていい、と学校で生徒が教えられていないことを痛感したという。 「大人から手を差し伸べないと、子どもの命は救えない」 そう危機感を強めた北川さんは、精神科医である佐々木司・東京大学教授とともに、子どもの自殺リスクや精神不調の疑いがわかるITツールを開発。自殺リスクの国際的な評価尺度や、医療現場でも使われているうつ病の指標を用いるなどして、科学的根拠を持たせた。それがRAMPSだった。 運用開始後には、各質問の回答にかかった時間も記録されるようにするなど、心の揺らぎを読み取る工夫を重ねていった。養護教諭が抱え込まないよう、生徒のリスクが判明したら校長や担当教員などにメールで通知を自動発信する機能も追加した。
自殺リスクの可視化へ
このツールを自治体としていち早く取り入れたのが、新潟県だ。 背景には、県内の中高生の自殺が相次いだことがある。2017年6月、5人が命を絶った。同年8月には、過去のいじめ自殺について第三者委員会による調査報告書が出され、学校が生徒の自殺を防ぐ努力をする必要があるとも指摘された。 当時、県教育庁の担当者だった磯邉一幸さんは対策を調べるなかで北川さんの論文にたどり着き、すぐ連絡を取った。磯邉さんは振り返る。 「客観的なデータで自殺リスクを可視化できないかという思いがありました。教員研修も行ってきましたが、生徒のわずかなサインを見逃さないためには、教員の経験や見方の差を補完してくれるツールが必要だと。RAMPSは試験段階でしたが、自殺リスクがエビデンスをもって数値化されるので、教員間だけでなく保護者とも危機感を共有しやすいと感じました」 翌2018年には、県内10校で導入開始。現在、41校まで広がっている。