「完璧」は「十分」の敵...台湾の頭脳、オードリー・タン氏が見抜いた“物事が前進しない原因”
会議はすべて文字起こしで記録する
「大まかな合意」を形成する過程で、重要な点が一つあるとオードリーは強調する。それは、会議のたびに詳細な記録をとることだ。次回の会議では、前回の記録にある結論をもとに、より踏み込んだ議論をすることができる。 2016年に入閣した際に提示した条件の一つが、自分が開く会議の内容をすべて公開することだった。動画があれば動画を、なければ文字起こし原稿を公開する。完全な記録が残っていれば、前回と同じ議論を繰り返すことはなくなり、新しい建設的な議論へとつなげていくことができる。記録が残っていなければ前回の発言を覆す人が出てきて、議論が後戻りしかねない。 詳細な記録がなければ、前回すでに否決された提案が忘れられ、次回の会議で再び議論されるという事態も起こり得る。そうなると前回の会議はまったくの無駄になり、コストもかさんでいく。 また、会議が終わったあとには作成した文字起こし原稿を会議の参加者に送り、10日間で修正や補足をしてもらう。議事録の完成度を高める目的のほかに、文字起こしを読むことで参加者に自分の発言を改めて確認してもらい、次回の会議で同じ提案を繰り返させないというねらいもある。 ORIDは通常、グループ内のコミュニケーションに対して用いるものだ。しかし、長い間意識的に用いていると、いつしか、まるで本能のように自然に反応できるようになっていく。相手の感情がどんな状態であっても、問いかけによって基礎的な事実を確認し、「感情」から「事実」へと相手の意識を引き戻すことができる。
一対一のコミュニケーションにも生かせる
2022年5月、新型コロナウイルスの流行が深刻だった時期に、オードリーは急遽、「陽性者管理システム」を構築する必要に迫られた。既存の通報システムが不安定で、リアルタイムで反映されないという問題を解決するためだ。緊急事態のため、短時間で完成させなくてはならなかった。あるメディアに「負担が大きいのでは?」と問われ、こう答えた。「マシンの負担は大きいですが、設備の増強で対応できます。人間はさほどではありません」 ユーモアを交えた回答で、感情面にばかり焦点が合いがちな一般市民の意識を、目の前の事実に向けさせることに成功した。 ORIDはグループ内のみならず、一対一のコミュニケーションにも生かすことができる。特に、相手が強く意見を主張するときには言葉にはしないものの、「事実を認めたくない」という強い感情が隠されていることがある。「そういうときには、正しいか間違っているかを議論する必要はありません。『そこまで強く主張するのは、なんらかの事実に気づいたからではありませんか?その事実を共有してもらえませんか?』と尋ねればいいのです」 ネット上の誹謗中傷への対応にもORIDは使える。かつて、心ないネットユーザーがオードリーの髪形を「100年くらい時代遅れだ」とけなしたことがあった。オードリーの対応はまさに客観的事実に焦点を当て、理性を取り戻させる手法だった。「ご意見に感謝します。コロナ対応のため『好剪才(オードリー行きつけの美容院)』に行く暇がなかったのです。来週、髪を切ってきます」
オードリー・タン(元台湾デジタル担当政務委員)、楊倩蓉(取材・執筆)、藤原由希(翻訳)