ご遺体を寝ているような姿で飼い主さんの元にお戻しする”コスメティック剖検” ペットを「おくりびと」に託した飼い主の深い愛情
「そのときがくるまで悩まれると思います。亡くなってしまったら一晩よくお考えになってくださいね。それでも病理解剖のお気持ちに変わりがないようでしたら、ご連絡ください」 病理解剖によって死因が明らかになれば、飼い主さんは死を納得でき、悲しみもいくらかやわらぐかもしれません。ぼくとしても、1つひとつの症例の積み重ねが病気の理解につながるため、解剖の依頼はありがたいものです。 しかし、たとえコスメティック剖検であっても、解剖の際には遺体に必ずメスが入りますので、後々、飼い主さんが「かわいそうなことをした」という負い目を心に抱え続ける可能性もあります。
そのため、個人から病理解剖の依頼があったとき、ぼくは飼い主さんに遺体と一晩過ごしてもらい、気持ちを整理したうえで改めて病理解剖を行うかどうかの決断していただくようにしています。 ほどなくして、ラットは亡くなり、ぼくのところに遺体が届きました。「この子を病理解剖に出すことで、いつかラットの肺炎などを治せるようになるとよいなと考えています」とのことでした。 遺体に手を合わせた後、慎重に解剖を始めます。体毛はそのまま。切開部位は後できれいに縫合できるよう、できるだけ小さく、切開はていねいに。骨や神経などの組織に異常は見られなかったので、できるだけそのまま体の中に残します。
組織の採取が終わった後、傷口はきれいに縫合し、全身を清潔にして整えます。「病理解剖後、元気だった頃の姿で飼い主さんに遺体をお戻しする」ということを目指します。 ■死亡したラットの「本当の死因」 解剖後しばらく経ってから、さらに顕微鏡で詳しく観察し、病理診断の結果が出ました。動物病院で言われたような肺炎は見つかりませんでした。代わりに肺にリンパ腫が見つかりました。 リンパ腫というのは、簡単にいえば血液の細胞に由来するがんです。また、左後ろ足に見られたしこりは、免疫に関連する細胞に由来する組織球肉腫という種類のがんで、ほかに心臓、膵臓、膀胱、精巣、副生殖腺、眼球、皮膚などの組織にも同様のがん細胞が見つかりました。