自動運転の社会実装、科学技術の普及をリアルタイムで実感できる好機
トラブル対応、萌芽期はなかなか結果が出ない
これに関連して、谷口さんは運転手の役割という視点から、自動運転バスにおける課題を指摘した。谷口さんによれば、特に公共交通機関のドライバーは、車両の操作だけでなく、乗客の安全や安心を確保する役目も負っている。そのため、ドライバーが不在の自動運転車では、行先などを気軽に聞けなかったり、車内で急病人が出たときの対処が滞ったりすることもあり得るという。 こうした事態に対する方策としては『トラブル発生時にすぐ管理者にコンタクトできる仕組みをつくること』(谷口さん)が考えられる。一例として、境町で運用されているARMAには、非常時対応を行うオペレーターが同乗している。また、運行状況を常時チェックするオペレーションセンターを設置し、事故発生時に人員がすぐに出動できる体制を整えているということだ。エレベーターのように、遠隔で監視を原則として、必要に応じて人間が介入する、という方法が基本となるのかもしれない。 将来的な普及の見通しについても気になるところだ。技術としての自動運転の普及について、加藤さんがヒントとして挙げるのは、多くの自動車に備えられている自動ブレーキ機能だ。この機能は冒頭でも触れた電波レーダーの技術がベースとなっているが、かつてはあまり注目されておらず、その研究開発に向けられる視線も厳しいものだったという。『新しく開発されている技術は、特にその萌芽期はなかなか結果が出ないもの』(加藤さん)だが、自動運転も自動ブレーキ機能と同様に、ある段階から加速度的に広まっていくのではないか、と予想される。
存在を見守り、許容するコミュニティの醸成も必要
ただ、交通手段としての自動運転車の本格的な社会実装については課題も多い。特に利用にかかるコストについては、ある程度普及していかない限り圧縮が難しいのも現実だ。橋本さんは、全国レベルでの自動運転の導入は非現実的としながら、『今すぐに導入が可能な地域も一方で存在する。そのような場所では、人の手による運転を自動運転へ置き換えていくことも可能ではないか』という。そのためにはルールの整備はもちろん、自動運転車の存在を見守り、許容するようなコミュニティを醸成することも必要だろう。 自動車が現代人の生活にとってなくてはならないものであることは確かだ。そして、誰もが当事者になり得ることから、一人一人が関連する技術の恩恵や課題を意識しやすい分野でもある。そう考えると、自動運転の社会実装は科学技術が普及していく過程をリアルタイムで実感できる好機といえるのかもしれない。 (室井宏仁 / サイエンスライター)