人類にとって不可欠な「1日24時間のリズム」が、”不死身な生物”にも重要なのかもしれない
私たちはなぜ眠り、起きるのか? 長い間、生物は「脳を休めるために眠る」と考えられてきたが、本当なのだろうか。 【写真】考えたことがない、「脳がなくても眠る」という衝撃の事実…! 「脳をもたない生物ヒドラも眠る」という新発見で世界を驚かせた気鋭の研究者がはなつ極上のサイエンスミステリー『睡眠の起源』では、自身の経験と睡眠の生物学史を交えながら「睡眠と意識の謎」に迫っている。 (*本記事は金谷啓之『睡眠の起源』から抜粋・再編集したものです)
プラナリアの明暗
私は高校時代、理数科に在籍していた。その学科に進学したのには理由があった。週に数コマ、自由に研究をする授業があったからだ。研究がしてみたいという一心で進学した。 3年間担任だったのは、児玉伊智郎先生という生物の先生だった。とても穏やかで紳士的な彼は、高校の教師でありつつ、博士号をもっていた。高校に勤務しながら、学会に参加したり論文を書いたりしていたのだ。教師だけではなく、研究者としての一面があった。彼にはよく、「大学では、どういう研究が行われているのか」「研究者になるにはどうしたらよいか」と、質問攻めにしていたものである。 私は、彼が顧問を務める化学・生物部に入部してみることにした。化学・生物部が使っていた実験室には、生き物を飼育するための大型のインキュベーター(培養器)や、遺伝子配列を増幅するためのサーマルサイクラー、増幅した産物を分離するための電気泳動槽があった。大学の研究室と比べても、けっして引けをとらない環境である。私にとって、まさに楽園のような場所だった。 午後4時半ごろに授業が終わると、すぐに実験室に行って研究をした。吹奏楽部が練習で奏でている音楽を聴きながら、実験や解析に励んだのだった。午後8時くらいまで研究をして帰宅していた記憶がある。土曜日や日曜日も高校に行って研究をするのは、いつしか当たり前になっていた。 高校の近くには山口大学吉田キャンパスがあり、ゾウリムシの研究をされていた堀学先生の研究室にお邪魔しては、実験の相談に乗ってもらったり、高校にはなかった蛍光顕微鏡を使わせてもらったりしていた。勉強はそっちのけで研究に熱中していたのだ。仲の良い友人の話だと、高校で文化祭が開かれている最中にも、実験室で一人、実験のデータをまとめていたそうだ。きっと同じクラスの人からは、「あの人は出し物の手伝いもせずに、何しているのだろうか」と怪訝な顔をされていたことだろう。 私はそこで、プラナリアと呼ばれる生物を研究していた。プラナリアは、体の大きさが1~2センチメートルほどのヒルのような姿をした生物だ。ヒルに似ているというと、なんだか不気味な気もするが、人の血を吸って害をもたらすような生き物ではない。私たちの身の回りにある水路や小川で、石の裏にくっついてひっそり生きている。 しかし、この生き物はただ者ではない。プラナリアは体を切り刻んでも、刻まれた断片が再生して、それぞれが一つの個体になることができるほど、再生能力が高い生き物なのだ。 当時私は、プラナリアの再生能力を研究していたわけではなく、誰もやらない研究をやってみたいと考え、野外に棲むプラナリアが、普段どんなものを食べているのかを研究しようとしていた。 プラナリアはスーパーマーケットで売られている鶏のレバーを生でそのまま与えると、近づいてきて、体の真ん中に位置する口から咽頭を伸ばし、吸い付いて食べ始める。この性質は、野外でプラナリアを採集するには、とても好都合だった。ガラスの小瓶のなかにレバーを入れ、小川や用水路に沈めておき、一晩たって回収すると、たくさんのプラナリアが集まっていた。 そのようにして採集したプラナリアを、直径15センチメートルばかりの大きなシャーレに移し、実験室にあるインキュベーターで飼ってみるのだが、いつもすぐに弱ってしまった。数が徐々に減っていってしまうのだ。インキュベーター内の温度が、野外の環境とは異なることが原因なのかと考えて、設定温度を変えてみることにした。温度を下げると、プラナリアが少し元気になったように思われたが、それでも長く飼うことは難しかった。 私と児玉先生は、京都大学でプラナリアを研究されていた先生に連絡を取り、実験を行うのに適しているプラナリアを、高校まで送っていただくことにした。 ところが、受け取ったプラナリアをインキュベーターで飼育していると、また調子が悪くなってしまう。飼育している水が良くないのだろうか。何度かプラナリアを送り直してもらったが、そのたびに調子が悪くなり、長く飼うことができない。 申し訳ない気持ちになりながら、京都大学の研究室での飼育方法を、改めて詳しく教えてもらった。これまでに何度も確認した通り、飼育している温度も水の組成も、餌のあげ方や頻度も、そっくりそのままだった。 いったい何が悪いというのだろう。児玉先生と一緒によく考えてみると、一つ見落としている点があることに気がついた。 京都大学の研究室では、インキュベーター内に明暗のサイクルをつくっているという。12時間ライトで照らし、12時間は暗くしているというのだ。プラナリアは、普段石の裏で生活している。光の環境は関係ないはずだと思い、インキュベーター内を常に暗くしていた。 大学の研究室と同じように、12時間ライトをつけて明るくしたところ、驚いたことに、プラナリアたちは元気になって、殖え始めた。12時間明るくし、12時間暗くする。24時間の周期をつくっただけである。プラナリアたちが健康に生きるには、1日24時間のサイクルが大切なのだろうか。
金谷 啓之