「文学」をあきらめたから『あきらめる』が書けた。山崎ナオコーラ×小林エリカ×花田菜々子の鼎談レポ
「いいもの」は自分の価値観で決める
山崎:エリカちゃんが『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』のなかで「賞をもらったり評価されたりすることだけが仕事じゃない」と書いてくれているのもすごく励みになりました。 小林:嬉しいです。あの本は、私たち自身が私たちの価値観で称えたいと思う事柄をもっと称えてもいいんじゃないかと思って書いたもの。何かの賞を取るとか偉い人や権威に認めてもらうとかじゃなくて、自分から見て「この人はすごいんだ」っていうところに、きちんと価値を生み出していきたいなと。 偉大な女性の伝記本はすごく増えていて、それ自体は本当に素晴らしいことです。でも私は、その伝記にすら入らなかった女の人の人生が素晴らしくなかったわけではないと信じていて。 たとえば、リーゼ・マイトナーという女性物理学者。彼女は核分裂の発見に大きく貢献したんだけれど、ユダヤ人であることから亡命を強いられ、研究の成果をすべてドイツ人の男性パートナーに取られてしまったんですよね。結果的に彼だけが『ノーベル賞』をもらい、リーゼはもらえなかった。じゃあ『ノーベル賞』をもらえなかったリーゼの仕事は尊くないのか? というとそうじゃない、と私は思う。 山崎:うんうん。それを聞くと、エリカちゃんの書いてきたもの、つくってきたものは根底で全部つながっているんだなと思う。 小林:そうかもしれない。私自身は微力かもしれないけれど、権力とか差別に一つひとつの小さな積み重ねで抵抗できるんじゃないかと考えたとき、過去の人たちはどんなふうに抵抗してきたのかを知りたいとずっと思っていました。
「文学」をあきらめたから『あきらめる』が書けた
山崎:私も「権力者に認められてこそ仕事は結実する」の呪いが、ようやく解けてきた。『あきらめる』はユートピアを書きたいと思って書いたんだけど、それも「文学」をあきらめたからかもしれない。 文学って、自分の恥ずかしいところをさらけ出すとか、ディストピア的な社会の表現を求められているのかなと思うことが多くて。昔は頑張ってそういうことを書こうと考えたこともあったんだけれど、やっぱり自分にはそれはできないと認めた。だから『あきらめる』を書けたのかもしれません。 小林:ナオコーラちゃんの仕事がそういうふうに結実したことに私はすごく感動しました。そうやって仕事の定義が広がっていくと、すごく生きやすくなると思うんだよね。 山崎:加奈子ちゃんがこんな感じのことを言っていたんだけれど、作家はみんなで協力して「日本文学」の本棚をつくる仕事をしているんだ、って。ライバル同士で本棚の枠を取り合っているわけじゃなくて、協力し合っている。 誰が書いたのかはどうでもよくて、結局「おもしろい本棚」をつくるための仕事をすればいいわけで。私が頑張って目立つ必要はないし、自分の名前を残さなくてもいいんだよね。私は、作家のみんなのことを、ライバルじゃなくて、友だちだと思っている。 私たちが生きているこの世界って、作家がどれだけ書いても書ききれないほど重大な問題に溢れていると思っていて。それぞれが感じていることを書いたり、口伝や踊りだったり自分が好きなやり方で伝えていく行為そのものが、意義深くて尊いことだと思っています。
インタビュー・テキスト by べっくやちひろ / 撮影 by 篠原豪太 / 編集 by 森谷美穂