トランプ大統領返り咲き後の暗号資産規制
修正を余儀なくされるSECのエンフォースメント
いずれにせよ、ゲンスラー氏がSECを去り、共和党所属の新委員長が任命されれば、これまで少数派だったピアース、ウエダ両委員の主張が多数派に転じる可能性は高い。個々のエンフォースメント事案の始動にはSECの決定が必要であり、従来のSECによる強硬とも言うべきエンフォースメントによる暗号資産規制は、修正を余儀なくされるだろう。既に提訴された訴訟の進行が停止されることまではないとしても、悪質な詐欺的事案を別にすれば、ハウイ基準を適用した新たな違反摘発には、これまでよりも慎重な姿勢がとられることになるだろう。
暗号資産規制の将来
もっとも、その後の米国における暗号資産規制の姿がどのようなものになるのかは容易に見通せない。暗号資産業界を過度に刺激するような事案の摘発が控えられたとしても、ハウイ基準を暗号資産に適用するという考え方そのものが放棄されるわけではない。SECによる暗号資産業界への介入が全面的に排除されるわけではなく、特定の「発行者」が新たな暗号資産を組成して資金調達を行うようなプロジェクトは、引き続き証券の募集として規制されることとなろう。 これまでもSECは、特定の発行者を観念することができないような分権化されたブロックチェーン上で機能する暗号資産は証券に該当しないという考え方を示してきた(注9)。SECの暗号資産規制への批判者からは、SECが何らかの規則やガイドラインを制定することやSECの所管事項を明確にする立法を行うことなどが提案されてきたが、それらの提案でも十分に分権化しているとは言えないような暗号資産は証券法の規制対象とされることが前提となっていた。 例えば、SEC内の批判者ピアース委員は、2020年以降、ICOに関して、分権化したブロックチェーンの構築を進める期間として3年間の証券登録猶予期間を与えることなどを盛り込んだセーフハーバー規則を制定することを提案していた(注10)。また同委員は、NFTが証券に当たり得るとした事案に関する決定をめぐって、ウエダ委員と共同で発表した声明において、どのような場合にNFTが証券に該当するのかについてガイドラインを示すべきだとの意見を公表している(注11)。 また、2024年5月には、共和党のグレン・トンプソン下院議員が提出した、分権化したブロックチェーン上で機能する暗号資産の現物取引等の規制を商品先物取引委員会(CFTC)の所管とし、既に稼働しているが十分に分権化していないブロックチェーン上で機能する証券とされる暗号資産の規制をSECの所管とするといった内容を盛り込んだ「21世紀のための金融イノベーションとテクノロジー法案」(H.R.4763)が、民主党議員の一部の支持も得て下院を通過した。議会が新たな会期に入ることで、同法案は不成立となったが、今回の選挙で共和党が上院の多数派を奪還しただけに、2025年以降議会で同じような趣旨の法案が成立する可能性は決して低くない。 暗号資産規制をめぐる何らかの立法が行われ、SECの規制権限がある程度明確になったとしても、それだけでは規制の不明確さという問題は解消されない。一定の暗号資産の組成が証券の発行だとすれば、その発行者が開示すべき情報はどのようなものか、そうした暗号資産の取引の場を提供する暗号資産交換業者はどのような規制を受けるのか、そうした暗号資産交換業者がビットコインやイーサリアムなど恐らくは十分に分権化したとされてSECの規制対象から外されるであろう暗号資産の取引も行う場合にはSECとCFTCの二つの機関による規制に服するのか等々、規制のあり方をめぐる疑問は尽きないのである。 (注1)当コラム「イーサ現物ETFの上場と変化を迫られる米国の暗号資産規制」(2024年7月25日) (注2)SEC "2021 SEC Regulation Outside the United States - Scott Friestad Memorial Keynote Address", Nov. 8, 2021 (注3)当コラム「リップル社を提訴した米国SEC」(2020年12月24日) (注4)"Donald Trump and Bitcoin: From 'Not a Fan' to Crypto Candidate", Decrypt, Nov 2, 2024 (注5)"2024 GOP PLATFORM MAKE AMERICA GREAT AGAIN!", The American Presidency Project, July 08, 2024 (注6)"Donald Trump vows to sack SEC boss and end ‘persecution’ of crypto industry", Financial Times, July 28 2024 (注7)William F. Johnson, “Can the President Fire the SEC Chair or Other Commissioners?” New York Law Journal, September 4, 2024 (注8)Free Enterprise Fund v. Public Company Accounting Oversight Board, 130 S. Ct. 3138 (2010) (注9)当コラム「現在のイーサリアムは「有価証券」ではない~米国SECの仮想通貨規制~」(2018年6月28日) (注10)SEC, "Token Safe Harbor Proposal 2.0", April 13, 2021 (注11)当コラム「米国SECによるNFT販売への証券法の適用」(2023年9月1日) 大崎貞和(野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員) --- この記事は、NRIウェブサイトの【大崎貞和のPoint of グローバル金融市場】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
大崎 貞和