トランプ大統領返り咲き後の暗号資産規制
ゲンスラー委員長解任?
トランプ氏は、大統領候補への正式指名直後の2024年7月27日、テネシー州ナッシュビルで開催された「ビットコイン2024」カンファレンスで演説し、暗号資産業界に対する民主党の「十字軍」と「弾圧」を終わらせ、「大統領就任初日にゲンスラーSEC委員長を解任する」と高らかに宣言した(注6)。この約束は実現されるのだろうか。 歴代SEC委員長のほとんどは、時の大統領と同じ政党に所属する者から指名されてきた。委員長を含めSEC委員の任期は5年とされており、大統領の交代とは必ずしも連動しないが、クレイトン前委員長が政権交代に伴って辞任したように、政権与党所属でない委員長は任期満了を待たずに自ら職を辞するのが通例である。ゲンスラー氏も、トランプ氏による「解任」を待つことなく、年内に辞任する可能性が大きいだろう。 しかし、ゲンスラー氏の任期は法律上は2026年4月までとされ、その時点で後任者が決まらない場合は更に延長される。仮に同氏がトランプ氏の大統領就任までに辞職しなかった場合、トランプ氏は本当にその就任初日にゲンスラー氏を合法的に解任できるのだろうか。 実は、この問いに対する答えは、それほど明確ではない(注7)。証券取引所法の文言からは直ちに明らかではないが、就任に議会の承認が必要とされるSEC委員には、一定の身分保障が及ぼされ、その解任には例えば心身の故障といった正当な理由(good cause)が必要だという解釈を示した連邦最高裁判所の判例が存在するからである(注8)。 この判例は、法律の明文で正当な理由がある場合にSECの決定によって解任されることとなっていた公開会社会計監督委員会(PCAOB)の委員に及ぼされる身分保障が、SEC委員に対する身分保障と重複していることで、憲法の保障する大統領の行政権を侵害しているという原告の主張を認めたものである。したがって、SEC委員に対する身分保障自体について直接判断した先例だとは言い切れないようにも思われる。 他方、この判決では、大統領が意のままに(at will)SEC委員を解任できるという解釈も少数意見として示されていた。それはスティーブン・ブライヤー裁判官が述べた反対意見である。証券取引所法にSEC委員の身分保障に関する文言がないことや立法時の経緯が論拠とされた。リベラル派を代表する判事として名を馳せたブライヤー裁判官の意見が、リベラル派を嫌う保守派とされるトランプ氏によるSEC委員長解任を正当化することになるとすれば、誠に皮肉なことである。