失われた地層によるタイムスリップ? カンブリア初期動物の爆発的進化の真否
現在、地球上には100万種をはるかに超える数の動物が生きているとされますが、その始まりはいつ、どのようなものだったのでしょうか。古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ大学自然史博物館研究員・地球科学学部スタッフ)による「生物40億年:北米アラバマからのメッセージ」。今回は動物の起源の謎について迫ります。 鍵は成長パターン?約6億年前出現、奇妙な最古動物の正体探る新研究
カンブリア爆発 化石記録における初期動物群の大進化
生物の長大な進化史の中でも「動物の出現」は、地球の生態系を根底から揺るがすほどの重要な出来事だったはずだ。 動物が現れなければ、もちろん我々人類(=哺乳類系脊椎動物)など現在存在していない。広大な地域に広がるカラフルなサンゴ礁の見られない海など想像したくもない。サンゴはクラゲやイソギンチャクを含む刺胞動物の仲間だからだ。森林や草原に生息するミミズや虫たちの中には直接腐葉土を提供し、グローバル規模で地球の緑化に貢献しているものもたくさんいる。蝶やミツバチが現れなければ、我々は花の香りに接することもできなかったかもしれない。 現在知られる様々な顔触れの動物群。その祖先と考えられる種が化石記録において最初に顔をみせはじめたのは、約6億3500~5億4200万年前──「先カンブリア代の最後期」のエディアカラと呼ばれる時代の地層だ。 例えば以前に紹介した「ディッキンソニア(Dickinsonia)(注)」などが最古の動物の一つとして知られている。この頃の動物は現生の動物種(カイメンやサンゴ、クラゲ、貝、ミミズ、昆虫、ウニ・ヒトデ、そして魚や哺乳類等々)とかなりその趣を異にする。体つきはかなり小ぶりで、大きなものでも数センチくらい。海中を動き回ることができたものもほとんどいなかったと考えられている。随分もの静かな海が先カンブリア代のほとんどの期間続いていたようだ。 注:「鍵は成長パターン?約6億年前出現、奇妙な最古動物の正体探る新研究」の記事参照。 我々にとって馴染みのある動物たちが登場したのは、化石記録においてカンブリア紀前期から中期にかけてのことだ。厳密には「約5億4100万年~5億3000万年前の間」と考えられている。カイメンの仲間、貝やイカなど軟体動物類、ミミズやゴカイなどを含む環形類、エビや昆虫、三葉虫を含む節足動物類などの「直接の祖先」と思われるものが、この期間の地層から発見されたことが知られている。 そして、あるものは丈夫な硬質の皮膚(殻など)を備えていた。目をもった種もいくつか出現した。発達した胴体の筋肉で(おそらくエビのように)泳いでいたと思われるものもたくさんいる。ある種は体の大きさが1メートル近くにも達していた(例:アノマロカリスAnomalocarisの種)。その中には生物の進化史上初めてのプレデター(捕食者)もいくつか含まれている。 この地質年代上わずか1000万年くらいの「短期間」に起きたと考えられている初期動物群の大進化は「カンブリア(大)爆発」(The Cambrian Explosion)と呼ばれる。生物史における一大事件として地質学や生物学の教科書に決まって記されている事象だ。 ここでカギとなるのは「短期間の劇的なマクロ進化」という点だ。なぜならダーウィンの「種の起源(1859年)」において初めて提唱された自然選択説にもとづく生物進化のプロセスは、平たくいうと「継続的に起こる緩やかな変化」が積み重なった結果と要約できるからだ。私はいつもウサギとカメの徒競走において、カメが目的地に向かってテクテクと絶え間なく歩み続けるイメージを、このダーウィンの進化論──自然選択説──に重ねあわせてしまう。 しかしこの「カンブリア爆発」は、カメのようにゆっくりと着実に歩み続けるイメージより、スタート地点で猛ダッシュをみせたあのウサギのほうがよりふさわしいはずだ。 化石記録において、こうした自然選択説では一見説明が難しい進化の事例がいくつか挙げられている(例えば以前紹介したデボン紀における「『最古の木』の化石探求(上中下)」の記事を参照していただきたい)。その中でも「カンブリア爆発」は、非常にユニークな生物進化のプロセスの代表例の一つとして長年知られてきた。 注:「カンブリア爆発」の詳細に興味のある方は、ハーヴァード大学の古生物学者(故)スティーヴン・J・グールド博士の記した名著「Wonderful Life(1989年)(邦題:ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語)」を一読することをすすめておく。一連の奇妙な初期動物の化石のイメージは、カナダのThe Royal Ontario Museumの「The Burgess Shale」のサイトにおいて確認できる。