失われた地層によるタイムスリップ? カンブリア初期動物の爆発的進化の真否
グレート不整合 地層喪失による生物進化のタイムスリップ現象
今日、化石記録における「事実」としてとりあげられることの多い「カンブリア爆発」だが、この見解に根底から疑問を投げかけるような研究を新年早々に見かけた(Keller等2019)。 C. Brenhin Keller, Jon M. Husson, Ross N. Mitchell, William F. Bottke, Thomas M. Gernon, Patrick Boehnke, Elizabeth A. Bell, Nicholas L. Swanson-Hysell, and Shanan E. Peters. (2019) Neoproterozoic glacial origin of the Great Unconformity. Proceedings of the National Academy of Sciences 116(4): 1136-1145. この論文のタイトルは「先カンブリア代末期の大氷河期が引き起こしたグレート不整合」と日本語で表現できるだろうか。この研究はもしかするとこれまで常識と考えられていたカンブリア爆発のイメージを「根底から覆す」可能性があるかもしれないのだが、こうした雰囲気を感じとってもらえるだろうか? ここでとりあげられている非常に斬新なアイデアは大注目に値する。 この研究のあらましだが、「ナショナルジオグラフィック日本版」のサイトに掲載された1月8日付の記事が、エッセンスを(果汁100%オレンジジュースのように)うまくしぼりとっている(注)。あえてここでその内容をリピートする必要も「ないよう」におもわれる。 注:「消えた12億年分の地層、原因はスノーボールアースの氷河、研究(*)」で検索してチェックしてみていただきたい。(*筆写注:記事タイトルの12億年分は誤りで1.2億年が妥当だとおもわれる。この数値は最大限に見積もったものであり、もう少し短かった可能性も指摘されているようだ) ここでは非常に簡潔に、カギとなる部分をさらっておく。そしてこの研究から私なりに受け取ったメッセージに的をしぼって記してみたい。 1.カンブリア爆発が起きたとされる前の時代にあたる地層のほとんどが長期間にわたり、世界各地において欠損している(または見あたらない)という事実は以前から知られていた。 2.この地層の欠損は「不整合(unconformity)」と呼ばれる地質学上の現象による。地層が残存しない条件はいくつか一般に知られている(例えば太古の河川や海岸線などにおける浸食や大規模な地殻変動・造山活動に伴う喪失など)。 3.Peters等(2012)は、この先カンブリア代後期にあたる時代の地層がグローバル規模で喪失している現象に目をつけた。そしてこの「グレート不整合(The Great Unconformity)」が、カンブリア爆発という「誤った生物進化のイメージ」を我々に植え付けているのではないかとする大胆なアイデアを提案した(注)。 Shanan E. Peters, Robert R. Gaines. (2012) Formation of the 'Great Unconformity' as a trigger for the Cambrian explosion. Nature 484 (7394): 363-366. 筆者注:このグレート不整合に伴い失われたと考えられる地層は「1億2000万年近くに及んだ」いう推定値も出されている(約6億5000万年~5億3000万年前の期間)。もしかすると初期動物はこの長い間のうちに進化の歩みをカメのごとく着々と行っていた可能性はなかっただろうか? カンブリア爆発は現実に起こったわけではない、または現実に起こったとはっきり断定するだけの証拠(データ)が存在しないのではないだろうか? このような問いかけや疑いの声が研究者から聞かれだした。 4.Keller等(2019)の研究はこのグレート不整合の原因が、実は浸食ではなく先カンブリア代後期に起きたと考えられている「スノーボール・アース(Snowball Earth)」と呼ばれる、地球史上最大規模の氷河時代にあったとする新仮説を提唱している。 スノーボール・アースとは、地球全体が文字通り「雪だるま」のように氷に覆われていたと考えられている現象だ。長い地球史の中でも最も寒かった時期が、先カンブリア代後期の非常に長い間(約7億5000万年前~6億5000万年前の期間)にあったと考えられている。もし地球全体が氷漬けになっていたとすれば、土砂を運ぶ水流や嵐による氾濫も理論的にそもそも起こりえなかっただろう。そのため河川や海岸沿い近くにできるはずの堆積(層)がほとんど形成されなかった可能性が高い。 5.この新仮説をサポートするため、いくつか新しいデータを発表している。酸素(O)とハフニウム(Hf)の同位体分析データは、膨大な量の太古の堆積が大氷河によって浸食されたことを示しているそうだ。失われた堆積の層の厚さは3~5キロに達したという推定値も出されている。この通りだとすると、約1億2000万年分の化石記録が地層と共に永遠に失われたことになる。 6.一連の新データによって、グレート不整合は(それまで漠然と信じられていた単なる水流による浸食ではなく)「スノーボール・アース現象によって引き起こされた」という斬新なアイデアを結論として引き出すことが可能になる。 1億年近くに及ぶ「不整合」、つまりこの失われた地層群は、Keller等(2019)の研究が説くようにスノーボール・アースの産物なのだろうか? それとも何か他の原因によって形成されたのだろうか? 近い将来この新しい仮説に関連する研究が多数行われることだろう。今回の研究チームも反対意見が出されることは想定内だったようだ。今後発表される新しいデータや研究結果は、果たして今回の新仮説をサポートすることになるのだろうか?