水深100メートルを素潜りすると肉体はどうなるのか…ダイバー・廣瀬花子が到達した「海に溶ける」の意味
■血流がだんだんと心臓に集中していく フリーダイバーは普段の潜水トレーニングによって、水圧に耐えられる「幅」を強くしていく。水の中では水深10メートルで2倍、20メートルでは3倍の水圧が体にかかる。 「人間の肺は水深30メートルを超えると『ぺちゃんこ』になりますが、その水圧から体を守ろうとする反射反応が同時に起こります。なので、より深く潜るために、潜水反射をきちんと起こせるようにトレーニングで体を順応させ、高い水圧を受けても耐えられるようにしていくわけですね。 100メートルオーバーの水深を目指していくときは、『フリーフォール』が始まる30メートルを超え、40メートル、50メートルと潜るにつれて、心拍が下がっていきます。すると、心臓の音がはっきりと強く聞こえ、身体をめぐる血流がだんだんと心臓に集中していくのを感じます。 私はダイブするときにはリラックスして『眠った状態』を作り出すようにしています。40メートル以降からはキックの動きも止めて、身体の力を抜き、ただただ海の底へと落ちていく。そのときの感覚を言葉にすると、さっき言ったような『夢の中』という表現が思い浮かぶんですよ。 身体が何も重力をもっていなくて、静寂の中で心臓の音だけが聞こえ、手足の血流がだんだんと細くなっていく――。自分の身体を守るために手足の血流が、スーッと心臓や肺とか、重要な臓器の部分に集中していく。深さが増すに連れて血流の感覚がついに消えてしまうときは、自分が海に吸い込まれて、その一部になっていくような気がします」 ■「100メートル」に到達したとき、我に返った 2017年のバーティカルブルーの日、廣瀬はベットした「100メートル」の深度に到達したとき、「あ、ついた」と正気が戻るように思ったという。「ボトム」にはぼんやりとライトがつけられているため、暗闇の中で我に返ったのだ。 「感覚としては、そのままずっと潜っていきたいという気持ちでした。本当に『いいダイブ』に入りこめたときは、ロープが切れる『ボトム』がなかったら、きっとそのままどこまでも落ちて行ってしまうんだろうな、って思います。それまで眠ったような状態で海の底に向かっていて、初めて『あ、そういえば大会中だったんだ』と思い出してタグを取ったのを覚えています」 (後編に続く) ---------- 廣瀬 花子(ひろせ・はなこ) フリーダイバー、水中モデル 1986年生まれ。幼少期から御蔵島のイルカと泳ぎフリーダイビングの素養を身につける。高校在学中に初めてフリーダイビングスクールに参加。2007年公認記録会においてCWT(垂直潜水)初挑戦にして-35mの成績を残す。2010年に沖縄で開催された世界選手権大会での総合優勝を皮切りに、日本代表選手として国内外の大会で数々の日本記録を樹立。世界選手権では日本代表チーム「人魚ジャパン」のメンバーとして3度の金メダリストに輝く。2017年の国際大会で-103mへの深度潜水の世界記録を樹立。深度100mを越える記録は世界女子史上2人目。2018年には-106mへの潜水を成功させ、再び当時の世界記録を樹立した。現在も世界記録更新を目指し競技活動を行うかたわら、フリーダイビングのインストラクターとして全国各地でフリーダイビングスクールやレッスンを行い、後進の選手育成にも努めている。 ---------- ---------- 稲泉 連(いないずみ・れん) ノンフィクション作家 1979年東京生まれ。2002年早稲田大学第二文学部卒業。2005年『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』(中公文庫)で第36回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『ドキュメント 豪雨災害』(岩波新書)、『豊田章男が愛したテストドライバー』(小学館)、『「本をつくる」という仕事』(筑摩書房)など。近刊に『サーカスの子』(講談社)がある。 ----------
フリーダイバー、水中モデル 廣瀬 花子、ノンフィクション作家 稲泉 連