謎に満ちた「カメの起源」(上) 中国での発見による最新研究
中国における初期カメ類の新発見
亀の起源に迫る非常に興味深い研究論文がイギリスの伝統ある学術雑誌NATUREにおいてつい最近発表された(Li等2018)。Chun Li, Nicholas C. Fraser, Olivier Rieppel, and Xiao-Chun Wu. (2018) A Triassic stem turtle with an edentulous beak. Nature 560 (7719): 476‐479. 中国南西部貴州省の関嶺プイ族ミャオ族自治県に位置する2億2800年前三畳紀後期カーニアン期(Carnian)の地層から見つかった化石骨格標本をメインに取り上げている(化石骨格の写真参照)(注3)。この化石標本をもとに研究者は新種新属の「イオリンコケリス・シンエンシス Eorhynchochelys sinensis」と命名した。 研究チームはこの化石標本が亀目Testudines(注:全ての現生種の亀が含まれる系統学上のグループ)ではなく、より原始的ないくつか三畳紀の種を含むPantesutudinesというグループに属すと提案している。(そのため、この記事ではイオリンコケリスを漢字表記の亀ではなく「カメ」とカタカナで記すことにする。カメはより原始的な「亀の祖先を含む」という意味合いが込められている) 上の骨格標本の写真をみてみると頭骨から尻尾の先端、細かな指の骨の数々が、見事なまでにつながったまま化石として保存されている。かなり良質な保存状態なのでいろいろ貴重な解剖学上の情報も残されていることが期待できるだろう。 この写真の個体は全長230cm。そのうち胴体の長さは50cmくらいで、胴体の部分にあたる体の横幅は40cmくらいだ。 その大まかな体の輪郭は一目見ただけで「亀の仲間」と判定できるだろう。カメのずんぐりとした体つきは非常にユニークなので、他の爬虫類のグループと簡単に見分けがつく。しかし奇妙なことに体の表面に硬質の皮膚(=甲羅だ)が見当たらない。 最も興味深い形態はその肋骨だろう。12個ある胸腰椎(=胴体の部分の脊椎)には非常に幅広い飛行機の翼のような肋骨が、ほぼ水平線に沿って綺麗に並んでいる。この肋骨の並び具合が甲羅のような雰囲気を見事に醸し出している。 特に胴体の中心部分の肋骨が一番長いようだ。そのため体の輪郭が上から見ると丸味を帯びたハート形をしている。この点は他の三畳紀後期のカメと少し異なり、イオリンコケリスにおいて独特の形だそうだ。 肋骨一つ一つの形態も非常に興味深い。細長い木の葉のように平らになっている。スペアリブなどを食べたことのある方なら、ほぼ円形または楕円形をした哺乳類の肋骨の断面図とかなり異なることにすぐ気付くはずだ。 私の知る限りこのような肋骨を持つ爬虫類は、一部の中生代の水生爬虫類くらいだろうか。例えば同じく三畳紀の偽竜類(ぎりゅうるい:Keichousaurus:注4)やペルム紀のパレイアサウルス類(注5)などの姿が私の脳裏によぎる。しかしイオリンコケリスのまっ平らな肋骨とはかなり違うかもしれない。 このような平らな肋骨はやはり現生の亀だけにしか見られないのかもしれない。ただもう一度繰り返しておきたいが、このイオリンコケリスの化石骨格に骨化した甲羅の痕はまるで見られない。 ちなみにこのイオリンコケリスの骨格標本において、腹側の甲羅の痕は見られないそうだ。肋軟骨の存在は「分からない」と記述されている。可能性としては腹甲(のようなもの)がこのカメの生存時には存在していたが、化石化が進行するプロセスにおいて失われたということも考えられる。