謎に満ちた「カメの起源」(上) 中国での発見による最新研究
イオリンコケリスの気になる習性
今回の研究チームはイオリンコケリスの非常にがっしりとした構造の手足の骨の存在も指摘している(個人的には現生の亀のものと比較して少し長めの印象さえ受ける)。そして手と足の長さはほぼ同じだそうだ。 細かい指の骨も綺麗に保存されている。少し長めの丈夫な指の骨々は、水かきの役割をしていたのだろうか?(注:こうした傾向は、完全に水中生活に適応していたと考えられるクジラなどの海生哺乳類(注6)や、中生代の海の覇者とされるモササウルス(海トカゲ:注7)やフタバスズキリュウなどの首長竜(注8)において特に顕著だ) イオリンコケリスははたして陸生だったのだろうか、それとも水生だったのだろうか? この化石が見つかったのは、当時の海岸線近くの海成堆積岩層ということだ。しかし化石記録において陸生または淡水生のカメやワニ、恐竜などの死骸が、かなり頻繁に海の底へと運ばれてくるケースが知られている(そのためシンプルに結論へと飛びつくことは禁物のようだ)。 カヴァーで使っているイラストをあらためて見ていただきたい。この図は今回の研究チームのリーダーであるカナダ自然博物館の古生物学者XiaoChun Wu博士が提供してくれたものだ。この図は初期のカメ「イオリンコケリス」が「水中生活」を行っていた可能性を指摘している。 ここで一つ但し書きを加えておきたい。後述するように最近のいくつかの初期カメ化石の研究は、亀の祖先が「陸生」だった可能性を指摘している。そのためイオリンコケリスは、水中への適応を遂げはじめた最初の亀の仲間の一つだったのかもしれない。現在、池や沼で見かけられる亀たちが水陸どちらにも(とりあえず)生活の場を日常的に変えることができるように。 そしてもう一つ気になる解剖学上の部分は口の中にある。現生の亀はトータルで300種以上が知られているが、その全てが歯を持っていない(注9)。全ての現生の亀は「くちばし」を持っている。食物を噛みちぎる顎のエッジは鳥のくちばしやヒトの爪と同じようなケラチンという硬い物質で覆 われている。 非常に興味深いことにこのイオリンコケリスは、「くちばし」と「歯の喪失」という二つの進化上の形態を合わせ持っている。その口の先端(前部)には見事なまでに歯がない。アゴの表面のザラザラした感じはケラチン質のもので覆われていたと考えられる。しかし上下のアゴの奥側へ目を向けると細かな歯が多数綺麗に生えそろっている(オリジナルの論文の図2においてこの特徴がよく分かる)。 イオリンコケリスは亀の進化上における歯の喪失というプロセスを垣間見せてくれているようだ。 最初のカメ(たち)ははたして何を食べていたのだろうか? 甲羅を最初に手に入れた(または手に入れだした)カメは、どのような環境に生息していたのだろうか? こうした習性や行動に関するサイエンス的問いかけは、「カメの起源の謎」に挑む上で、根本的に重要だろう。そしてこうした問いに答えるには、イオリンコケリスだけでなく、他の三畳紀の化石を知る必要がある。 次回にカメの祖先にあたる可能性のある種を幾つか紹介しつつ、亀のミステリーをもう少し深く探ってみたい。 筆者メモ:今回の記事を書くにあたり、オタワ市のCanadian Museum of Natureに所属する今回の研究のリーダーであるDr. Xiao-Chun Wuから貴重なイメージを2点分けて頂いた。この場をかりて謝辞を述べておきたい。 著者略歴:池尻武仁(博士)。名古屋市出身。1997年に渡米後、2010年にミシガン大学で化石研究において博士号取得。現在アラバマ大学自然史博物館研究員&地球科学学部スタッフ。古脊椎動物(特に中生代の爬虫類)や古生代の植物化石にもとづくマクロ進化や太古環境の研究をおもに行う。「生物40億年からのメッセージ」の記事は2016年秋より書き続けている。