「涙は飾りじゃないのよ」「人生は浪花節だよ」だったら絶対ヒットしてない説
主語から始まる日本語の語順を、後置文にするだけであら不思議、凄みすら帯びたキメ台詞に早変わり!「普通の語順に戻したときとの差が大きく、そのギャップを味わうのが楽しい」と、言語学者である著者が倒置文の魅力を語る。本稿は、川添 愛『言語学バーリ・トゥード Round 2: 言語版SASUKEに挑む』(東京大学出版会)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 「いいんだね、やっちゃって」が 「やっちゃっていいんだね」では凄みが半減 倒置法が好きだ。そうは言っても、自分で使うのではなく、ふと耳にした倒置法を鑑賞するのが好きなのだ。 2021年秋、ラジオ日本の「真夜中のハーリー&レイス」に出演する機会に恵まれた。プロレス実況者の清野茂樹さんがパーソナリティを務める番組で、清野さんが毎週ゲストとトークという名のタイトルマッチを行うという内容である。プロレスファンの端くれとしては非常に名誉なことに、私は「言語学界からの初の刺客」ということで、トークに挑戦させていただいた。 番組中、清野さんから「プロレス関連で好きな言葉はありますか?」という質問を受け、私は永田裕志選手の「いいんだね、やっちゃって」を挙げた。 これは、2004年の新日本プロレス東京ドーム大会前に、永田選手が佐々木健介選手との試合について出したコメントである。 佐々木選手はその2年前に新日本プロレスを離脱し、長州力率いるWJプロレスに合流していた。しかしWJプロレスが1年余りで崩壊し、新日本に戻ってくることになった。それまで佐々木選手が抜けた新日本を支えてきた永田選手は、佐々木選手の出戻り行為に怒りを露わにした。そこで出たコメントが「いいんだね、やっちゃって」である。
このコメントはファンの注目を集め、ネット民の書き込みでは「殺(や)っちゃって」と表記されることもあった。注目していただきたいのは、これが倒置法の文だということである。日本語の普通の語順だと「やっちゃっていいんだね」となるが、これだと凄みが半減する。先に「いいんだね」を言うことがいかに重要か分かる。 ● アントニオ猪木と藤波辰巳 伝説のビンタ&倒置法の応酬 こういう話をしたところ、清野さんから「飛龍革命のときにも倒置法が使われていた」との情報をいただいた。飛龍革命というのは、1988年に新日本プロレス那覇大会の控え室で起こった事件で、当時エースであったアントニオ猪木に対し、一番弟子に当たる藤波辰巳(現・辰爾)が自分にエースの座を譲るよう直訴したというものである。 猪木は藤波さんにビンタをお見舞いしたが、藤波さんはひるむことなく猪木にビンタを張り返した。そもそも温厚で知られる藤波さんが激しく自己主張をしたこと自体「事件」だったが、さらに藤波さんはその場でなぜかハサミを取り出し、自分の前髪を切り始めた。その奇行のせいもあり、本件は長く語り継がれる出来事となった。 飛龍革命のときになされている会話(とくに藤波さん側)は非常に聞き取りづらいのだが、ネットで調べてみると「書き起こし」が存在した。見てみると、確かに倒置法の文が頻発している。