「涙は飾りじゃないのよ」「人生は浪花節だよ」だったら絶対ヒットしてない説
これらの例では、述語より後ろに置かれている「結婚したいって」や「おまえがあいつに車の陰で金を渡しているところを」が、聞き手にとって新しい情報である。 しかも、前の部分の「私言ったの」「おい、見たぞ」にはそれぞれ「何を言ったか」「何を見たか」という情報が欠けているので、そのままでは相手に通じない。これらが(1)のタイプと異なる点である。江口はさらに、(2)のタイプの後置文を次の2つに分けている。(注7) (2-1)頭に浮かんだままのことをしゃべったら不完全な文になったため、後で情報を補ったもの (2-2)後ろに持っていく部分に聞き手の注意を向けるため、意図的に語順を逆転させるもの ● シナリオ上のキメ台詞は 倒置法があってこそ 確かに、この2つは実際にありそうだ。個人的な印象では、プロレスラーの発言には(2-1)の「不完全な文を言ってしまったので、後で補足しました」というパターンが多い気がする。 そもそもプロレスラーは対戦相手を煽ることが多いので、言葉に感情が乗りやすい。また、発言のタイミングもたいてい試合が終わった直後とかなので、息切れしていたりテンションが上がりすぎたりしていて不完全な文が出てきやすい。 注7 ここで挙げる(1)(2─1)(2─2)はそれぞれ、江口の前掲書で「タイプ1」「タイプ2」「タイプ3」と呼ばれているものに相当する。ただし、本稿におけるそれぞれのタイプの記述・説明は、筆者が江口の前掲書を読んで理解したところを、専門用語を使わずに言い換えたものである。
これに対し、(2-2)の「確信犯的に、大事な情報を後ろにもっていきました」というパターンは、アニメやドラマ、マンガの台詞など、「シナリオ上の話し言葉」によく見られる気がする。実際、これらはもともと「書かれた言葉」であるがゆえに、情報の出し方がコントロールしやすい。 先に見た「おい、見たぞ、おまえがあいつに車の陰で金を渡しているところを」という江口の例文にしても、サスペンスドラマの台詞っぽさがあり、眺めているだけで火サスのテーマが聞こえてきそうだ。 また、アニメ『機動戦士ガンダム』に出てくる「見せてもらおうか、連邦のモビルスーツの性能とやらを」「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」「あえて言おう、カスであると!」なんかも、(2-2)のタイプであるように思われる。 一方、永田選手の「いいんだね、やっちゃって」については、永田さんが勢い余って「いいんだね」という不完全な文を言ってしまったのか、それとも確信犯的に語順を逆転させたのか分からない。 ただ、いずれにしても「怒りで不完全な文を言ってしまった」or「『やっちゃって』の部分をより効果的に伝えたかった」の二択なので、永田さんの物騒な心情が聞き手に伝わるという点では変わりがない。この台詞の迫力は、こういったところから来ているのかもしれない。 ※類書:『言語学バーリ・トゥード――Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』
川添 愛