なぜ岡崎慎司はミラクル・レスター時代を後悔しているのか? 日本人が海外クラブで馴染めない要因とは<RS of the Year 2024>
アスリートにとって身体と心と頭は資本
無理をしないということは手を抜くということではない。自分のキャパシティーとコンディションを把握したうえで、今取り組むべきことに全力で向き合うということだ。 身体がアラームを鳴らしているのに、耳を傾けずに無理をしてギアを入れ続けてしまうと、どこかで何かが壊れていく。それは結果として、自分の思い描いている目標から遠ざかることにもなってしまう。十分な休養を取らなければ身体は回復しないし、強靭にもならない。アスリートにとって身体と心と頭は資本なのだから。 このときの経験は岡崎に新しい考え方と価値観をもたらした。野心や向上心、ハングリー精神を持って戦うことは大事なベースだ。でも、その戦い方を誤るとせっかくの武器を最大限に生かすことができない。高い目標を掲げることは成長に必要不可欠だが、高すぎる目標は逆に負担にもなりかねない。必死の努力が自分のパフォーマンスダウンにつながってしまったら、それはあまりに悲しい話だ。 では、あのころどんなふうにしていたら後悔しなかったと岡崎は考えているのだろう? 「今やっていることにフォーカスするべきだったなと思うんですよ。プレミアリーグでプレーしている自分にもっとフォーカスするべきだったというのはすごく思います。 あのころの俺は上を目指しすぎていた。『なんで俺はフル出場できないんだろう?』とか、『なんで代表に呼ばれないんだろう?』とばかり考えてしまっていた。めっちゃ難しいところなんですよ、これは。目標設定が低くなりすぎて、簡単に満足してしまっていたら、俺が俺でなくなるかもしれない。ただ、がむしゃらに『上へ!』っていう気持ちが強すぎたときに、負のあれが出ちゃうんですよ」 人間の成長にはそうした苦悩の時期も糧になる。そして試行錯誤の中で悩んで、苦しんで、活路を見出すプロセスが新たな視野と可能性をもたらしたりする。だからこそ、そうした経験談に耳を傾けることには大きな意味がある。先人が歩んだプロセスにはさまざまな葛藤があり、さまざまなヒントが隠されている。