F1がまだ「めちゃくちゃ」だった頃の話 ひどいチームで溢れかえった80~90年代 歴史アーカイブ
混乱を極めた1989年
アンドレッティは世界トップクラスのモータースポーツ企業であり、スター級の技術スタッフを集め、ゼネラル・モーターズをエンジンサプライヤーとして迎えることを約束し、2億ドルのエントリー料を支払う用意もあった。しかし、F1の反応は「出ていけ」だった。 【写真】今年の優勝候補? 好調なフェラーリ【メキシコGPのスクーデリア・フェラーリを写真で見る】 (15枚) これは部外者を唖然とさせる状況であり、フェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズの輝かしい才能と、小規模チームの駄目っぷりが並存していた1980年代とは正反対だ。 このカオスのピークは1989年で、スターティンググリッドの最大許容台数が26台だったにもかかわらず、40台(2024年の2倍)がエントリーした。このため、一部のマシンがレースに出られないだけでなく、金曜日の早朝に行われた追加セッションで予備予選に通過できないマシンもあった。 なぜ過剰なまでにエントリーが殺到したのか。それは、安全上の懸念と競争力の格差から、F1がターボエンジンを禁止したことに起因する。当時ターボチャージャーの技術はまだ発展途上で、ひどいタイムラグに悩まされ、小規模チームにとってはコストが重すぎた。 自然吸気エンジンの方がはるかに低コストで、V8、V10、V12、W12、さらにはフラット12など、さまざまな形式のエンジンが製造されていた。これにより門戸が広がり、1989年には3チームが参加し、いくつかの弱小チームはエントリー台数を1台から2台へと増やした。 当時のAUTOCAR誌のオーエン・ヤング記者は、「ロジスティクスが大変なことになっている」と書いている。 「昨シーズンもパドックは呻吟していたが、今季はさらに悪化するだろう。予備予選に落ちたチームは、その日のうちにマシンやトランスポーターを撤去し、ピットパス(ピットへの入場券)も返還するよう求められると聞いている」 シーズンプレビューで有力チームを評価した後、小規模チームに対しては少々厳しいことを書かざるを得なかった。BMSスクーデリア・イタリア、オゼッラ、ミナルディ、リジェ、ラルース、コローニ、ユーロブルン、リアル、ザクスピード、マネートロン・オニクス、AGS、ファーストだ。 これらすべてのマシンを思い浮かべることができればオタク度は10億点、ドライバーの名前を挙げることができればその2倍の点数を差し上げる。 実際のところ、ファーストのマシンは思い出せないだろう。というのも、ファーストはFIAのクラッシュテストに不合格となったからだ。設計者曰く、「標準以下の部品で作られた」という。 ヤング記者はオニクスのローンチパーティーに出席した後、「わたしが知りたいのは、彼らがどうやってやりくりしているのかということだ」と疑問を投げかけた。 「彼らはセットアップに1000万ポンド(2024年現在の価値で2600万ポンド/約50億円相当)をかけ、ロンドンでの派手なレーザーライトショーに1万5000ポンドを費やし、スポンサーに今夏の最大の望みは2レースで予選通過することだと告げる。一体どうやって? 勢いよくやってきては、鳴かず飛ばずで去るチームを何度見てきたことか」