「年収と幸せ」の新事実、あまりに「エゲツない結論」に涙目になる…
三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第132回は「幸福度は年収800万円ほどで頭打ちになる」という有名な説の「その後」に迫る。 【マンガ】「本当に幸せな人」のたった1つの特徴とは? ● 年収は「ほどほどが一番」じゃなかったの? 不動産投資対決の敗北を潔く認めた藤田家の御曹司・慎司は、自身がなぜ若い木型職人に惹かれたのかを語る。経済的に恵まれなくて自分の好きな道を歩む生き方は慎司の目には新鮮で、そんな幸福の在り方は今の日本では貴重ではないかと気づく。 「年収が増えると幸福度は上がるが、ある程度で『頭打ち』になる」という説を耳にしたことがある人は多いだろう。 元ネタは2人のノーベル賞受賞者の論文。ダニエル・カーネマンとアンガス・ディートンは2010年、米国人1000人のデータから、「年収6万~9万ドルまでは収入の増加につれて幸福度が上がるが、それ以上稼いでも幸福度は伸びなくなる」という分析をまとめた。 円換算で900万~1350万円程度はかなりの高給取りに見えるが、円安や物価を考慮に入れれば、体感の収入は今の日本で年収600万~800万円程度といったところだろうか。びっくりするほどの高収入というわけではない。 この研究が広く知られるようになったのは、「お金はある程度必要だけど、多ければいいわけじゃない」という知見に清々しさを覚える人が多いのが一因だろう。お金は墓場まで持っていけない、ほどほどが一番、というわけだ。 ● そんな…ひっくり返った結論 だが、実はこの著名な論文の主張は最近、ひっくり返っている。しかも、覆したのはカーネマン自身。ペンシルバニア大の2人の研究者と3万3000人超のデータを詳細に分析し、「年収が伸びるほど幸福度も上がる」という身もふたもない結果を2023年に示した。 結論が変わったのは幸福のメカニズムの解像度を上げたからだ。調査対象を「幸福度が低いグループ」と「幸福度が高いグループ」に分けると、前者では幸福感は頭打ちとなるが、後者は年収が10万ドルを超えると幸福度も加速度的に向上することが分かった。 詳細は拓殖大学の佐藤一磨教授の近著『残酷すぎる幸せとお金の経済学』に譲る。収入だけでなく、結婚、出産、学歴など様々な要因と幸福度に関する研究・統計をまとめた好著だ。 「お金があっても」のはずが「お金があるほど」だったと聞けば、「しょせん、金次第か」とがっかりするかもしれない。だが、私はちょっと違う解釈をしている。幸福度を高められる人は「幸せのマインドセット」を持っているからであり、それをいわばレバレッジ(てこ)にしてお金を上手に活用して幸福度を上げているのではないか。 「それ」が欠けていれば頭打ちが待っている。お金は大事だけれど、やはり「お金があっても」なのだ。 「幸せのマインドセット」の正体が何かをこの短いスペースで言い尽くすのは不可能だが、ひとつの手がかりは「自分は特別な人間ではない」と自己認識できるかどうかだと私は考える。一握りの例外を別にして、それは当たり前の事実でしかない。 それでも人は「自分は特別」と考えてしまう。社会階層が上がれば「自分が優れているからだ」と驕り、金銭や地位、名誉などをさらに追い求める。終わりのないマウンティング競争、「サルのゲーム」に自分を追い込み、恵まれているはずなのに不満や嫉妬を募らせる。「足るを知る」は、ありきたりだが、色あせないゴールデンルールなのだ。 「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」。『アンナ・カレーニナ』のあまりに有名な書き出しだ。幸福とは、ありきたりで、退屈なものなのだろう。特別ではない「それ」に気付けるかどうかが、幸福への道を開く。
高井宏章