「もう生きられない」パーキンソン病の夫の決断 家庭医NOでも第2の選択で安楽死へ 安楽死「先駆」の国オランダ(3)
夫の命日を翌日に控えた今年9月3日、オランダ東部・ドイツ国境に近いウルフトで暮らすティニー・パルム(67)は、2人で駆け抜けた日々を追想していた。最愛の伴侶、マーティンが66歳で旅立ったのは2020年。かかりつけの家庭医に安楽死を拒まれ、「第2の選択」に頼って意志を貫いた。 【表でみる】オランダで安楽死に必要な6要件 「もう無理だ、生きられない」。台所にいた妻に、思い詰めた表情で近づいた夫が告げた。同年4月28日、突然のことだった。 2歳年上で銀行員だった夫は02年、48歳でパーキンソン病と診断された。右側の手足の動きが不自由になり、次第に認知機能も低下。10年には認知症と診断された。 膀胱(ぼうこう)の疾患で夜中頻繁にトイレに起き、眠ると悪夢にうなされ、叫ぶ。目も患い本を読むこともできず、日中は疲れ切ってただ椅子に座っている。15年、17年と相次いで生まれた待望の孫とふれ合うこともできない。 「彼の宣告は、とても衝撃的でした。私たちは18年間病と向き合ってきて、一生支え合うと考えていましたから。でも、彼は限界だったのです」 ■安楽死を求める人々の「セーフティーネット」 夫の決意を受け、家庭医と複数回面談した。当時は新型コロナウイルス禍のさなか。マスクで表情がわかりにくい上、日によって体調に良しあしがあり、限られた診察時間では日常の苦しみがなかなか伝わらない。 「認知症で意志表示ができない」。家庭医はそう最終判断し、安楽死に同意しなかった。「耐え難い苦痛は明白なのに。なぜわかってもらえないのか」。途方に暮れた夫妻がドアをたたいたのが、「安楽死専門センター(EE)」だった。 EEは医師らスタッフ160人体制の独立機関。家庭医が不同意とした案件などの妥当性を改めて判断する。公的機関「安楽死審査委員会(RTE)」によると、23年の安楽死9068件のうち、家庭医によるものが79・9%(7249件)だったのに対し、14・1%(1277件)はEEが携わった。EEのホームページには、安楽死に関して助けを求める人々の「セーフティーネット」と記されている。 夫妻が初めてEEの医師と面談したのは20年6月。「夫は30分にわたり、自分の言葉で病状や安楽死を要請する理由を伝えることができました」。医師は切実な訴えに理解を示した。以降、複数の医師が夫の意志や安楽死に向けたプロセスを確認。EE以外の第三者の医師も面談し、安楽死に同意した。