深刻化する水害、損害保険料は値上げへ――リスクある地域は大幅にアップするのか?#災害に備える
■山梨大学工学部土木環境工学科・秦康範准教授
地域防災を研究する秦康範氏は2008年、山梨大学大学院に着任し、自然が残る山梨県内を散策した。すると、あることに気がついた。新しく売り出される住宅地が、洪水や土砂災害の想定区域内にあることが多かったのだ。
「たとえば、川沿いの低い土地です。『なぜこんな危ない場所に』と思う場所に分譲住宅が並んでいた。昔は洪水で水に浸かる土地は、田んぼや畑として活用したものです。ところが、堤防やダムの整備が進んで、危ない場所にも住宅が建つようになった。これは山梨県内に限った話ではないのではと思い、本格的に調べることにしたのです」 全国の洪水浸水想定区域に、どの程度人が住んでいるのかを調査した。縦横500メートルごとに区切った国勢調査の人口分布データを、洪水浸水想定区域にあてはめる形で1995年から2015年までを調査した。その結果、浸水リスクの高い区域に住む世帯は約1217万世帯から約1523万世帯と20年間で306万世帯も増加していたことが判明した。約3539万人が“危ない地域”に住んでいるという。 なぜ危険な土地に住宅が増えていったのか。さらに調べていくと、宅地に関わる“4者”に都合がよかったと秦氏は指摘する。
「4者とは、地権者、開発業者、買い手、行政です。地権者は田畑にしか使っていなかった土地が売れる。開発業者にとってそうした土地の開発は都市部の再開発より労力がかからず、大規模な土地を安く開発できる。買い手は若い人が中心なので手頃な価格でマイホームが手に入る。また、行政にとっても若い世帯が来てくれると人口増や税収増につながる――この4者の思惑が一致し、全国規模で災害リスクの高い地域に住宅が立ち並んでいったわけです」 2020年8月、不動産の売買や賃貸などの契約の際、業者が重要事項説明で水害ハザードマップを説明することが義務づけられた。宅地建物取引業法施行規則の改正だが、それまでは義務ではなかったため、不動産の取引時にリスクが語られることは少なかったという。リスクを指摘することで不動産価値が下落したり、リスクの周知で住民が他の地域に移ってしまったりする懸念もあった。 今年4月から改正都市計画法が施行され、土砂崩れの危険性が高い「土砂災害特別警戒区域」など「災害レッドゾーン」と指定される区域については、自治体が事前審査し、許可を与えない限り、原則的には開発できないよう規制された。だが、「浸水想定区域」などの「災害イエローゾーン」ではいまなお開発の規制はない。こうした土地の規制は法的にも難しさがあると秦氏は言う。