中国共産党を批判した「ポンペオ演説」 米国は本気で対中政策を転換するのか
「中国人」ではなく「中国共産党」を敵視
ポンペオ長官は突然、反中国演説を行ったのではありません。トランプ政権は約2年も前から中国への不満を募らせてきました。 ペンス副大統領は2018年10月4日、ワシントンでの講演において中国に対する不満をぶちまけ、「中国に断固として立ち向かう」と述べました。この演説は各国で驚きをもって迎えられ、米ソ冷戦の始まりを告げたかつての「鉄のカーテン」演説にも例えられました。米中の激しい対立は「新しい冷戦」の始まりだと評する人もいました。 今年の5月30日、トランプ大統領は新型コロナウイルスの感染が世界中に広まっていることを理由に、G7サミット(主要7か国首脳会議)を9月に延期すると発表しました。その際、現行のG7の枠組みは「世界の状況を適切に反映しておらず、極めて時代遅れだ」と述べ、ロシアやオーストラリア、インド、韓国を招待し、「G10またはG11」にしたい意向を表明しました。拡大サミットでは「中国の未来について討議する」(ホワイトハウス高官)といわれていました。トランプ大統領はペンス副大統領の演説をさらに一歩進め、「中国包囲網の形成」を狙っていたのです。 そして今回、ポンペオ氏は「中国共産党政権」との決別を打ち出す演説を行いました。問題を作り出している真の源泉である同政権に焦点を絞るのと、米国は中国人に敵対しているのではないことを示すためだったのでしょう。 習近平政権は国家主席を「2期10年」までとする制限を外して半永久政権となっていますが、ポンペオ氏は演説において、「習近平総書記は全体主義イデオロギー(筆者注:中国共産党のこと)の信奉者である」としつつ、「その専制支配は永久に続かない」と断言しただけです。演説全体を通じて、ポンペオ氏が習近平総書記よりも組織体としての中国共産党を主要な脅威と捉えていたことは明らかでした。
トランプ大統領演説ではなく「寸止め」批判
では、ポンペオ氏の「中国共産党との対決」が関与政策に代わって今後の対中政策の基本となるかというと、疑問の余地があります。 ニクソン大統領が1972年に中国を訪問して従来の敵対関係を改善し、「関与政策」を始めたとき、中国との関係を見直さなければならないという考えはすでに国際的に広く共有されつつありました。その象徴が、1971年10月の国連総会において成立した、中国を代表する政権は中華民国(台湾)でなく、中華人民共和国だとする決議でした。だから、ニクソン大統領の「関与政策」は日本を含め各国に容易に支持されたのです。 しかるに現在、各国は中国の現政権に疑問や不満を抱いてはいるでしょうが、中国共産党と対決する姿勢を固めているわけではありません。日本においても中国との関係を重視する声は少なくありません。また経済面では、各国の対中依存度は50年前とは比較にならないくらい高くなっています。 米国としても、中国共産党との対決を最終的に決定したわけではなさそうです。トランプ大統領は今秋に大統領選を控え、またいずれ習近平主席と貿易問題などで再度交渉することになるという個人的思いを秘めつつ、現時点では強い中国共産党批判はポンペオ長官に任せるのが最適だと判断したのでしょう。中国共産党批判は「寸止め」にしたのです。 かといって、ポンペオ長官の演説を大統領選向けの政治的ジェスチャーと単純に見るべきではありません。ポンペオ氏が述べた「同じ考えの国々が新しいグループを、新しい民主主義の同盟を形成すべき時が来ている」というのはトランプ政権全体の考え方です。日本としては、中国との関係を損なわないよう配慮しつつ、中国共産党と激しく対立する米国との同盟関係を維持していくという困難なかじ取りが必要になるでしょう。
------------------------ ■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスタン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹