【対談】毛利悠子×イ・スッキョン:ヴェネチア・ビエンナーレ2024日本館での展示を語る
トランスナショナルなシスターフッド
──異なる国籍を持つおふたりがこのようなかたちで協働されたことは、とても画期的なことだと思います。こうした事例はヴェネチア・ビエンナーレの日本館では前例がないことかもしれません。おふたりのシスターフッドについてもお聞きできますか? イ:はい、私たちにはそのようなつながりが強くあると思います。私たちふたりは女性として現代美術界を歩んできましたが、これまで様々な難局や困難に直面してきました。アートの世界では差別やジェンダーの不均衡性は解消されつつありますが、社会全体のなかでは、まだ女性は不可視化され、機会の平等性を与えられていません。つねに、ある意味では男性と競争させられています。しかし、私たちはそのような競争を望んでいません。むしろ、女性のためのスペースを作りたかったのです。 日本館の周りは、女性キュレーターが担当する女性作家のパビリオンがたくさんあります。このことは、アートがいかに開かれるべきかを示していると言えます。そしてヴェネチアは、こうしたポジティブな考えを促進するとても良いプラットフォームだと思います。このプロジェクトにおける協働者として、そして同志として、私たちはお互いを守り合いながら、そして互いがベストを尽くせるよう、励まし合ってきました。 毛利:本当にそういう感じですね。私の作品制作は日に日に展開していくし、毎日少しずつ変わっていくためどういう結果になるかわからない。だからこそ、スッキョンのような、私の感情や経験を共有して励ましてくれる同伴者が必要でした。いまも作品に関して確信があるわけではないので、昨日の朝も「本当にこれで良いのか? これは作品として形になっているのか?」と、とても不安になってしまったけど、そういうときにスッキョンからもらう何気ない一言で安心できました。私たちは作品の細部に関してまで細かく話し合っているわけではないけど、ときどきテレパシーで通じ合っているかのように理解し合えるところがあるんです。それは、すでに多くのアイデアを共有してきたからだし、実際その過程はとても楽しかった。 イ:はい、私たちふたりは、キュレーターや実作者としてだけではなく、現代社会に生きる人間として、多くのことを共有していると思います。だからお互いを本当に理解するために多くの言葉を費やす必要はありませんでした。 毛利:今回、外国人キュレーターを初めて日本館のキュレーターとして招聘したわけですが、いち鑑賞者としてヴェネチアを訪れてきた人間としていつも感じてきたのは、なぜ日本館代表には、日本人作家と日本人キュレーターだけが選出されてきたのかということでした。以前、日本館と韓国館を交替するというアイデアが提案されたこともあったそうです。結局それは実現しなかったけど、すばらしいアイデアだと思った。 イ:だから悠子からこのアイデアを聞いたときはすばらしいと思ったし、まずは自分が無事にキュレーターとして選ばれないといけないと思いました。私たちはいまも友人同士だし、仕事を通じてパートナーシップを結んできましたから、これからもこのつながりは長く続くと思っています。 日本の美術界が自国のシステムや権力構造のなかで国際性を受け入れ、真に開かれたものになると良いと思っています。 published cut08 088 1 ──今回イさんをキュレーターに招聘したこともそうですが、水もしかり、毛利さんの仕事には、これまで異質なものを自作に導入していくという姿勢があったと思います。それをポジティブかつユニークなものにしていくところがありますね。毛利さんの仕事はまた回路やインフラを問題として扱ってきました。水はインフラに関わる素材ですね。 毛利:はい、電子回路を含めたインフラには強い関心をもってきました。水もまた建物の内部だけではなく、外部にも、すべての場所を、私たちの想像を超えて循環しているものですね。 私の作品は音も扱いますが、それは電子回路を通じて発生する音なんですね。回路をつくることは自分にとってとても重要な実践なので、そういう質問をしてもらえてありがたいです。 水の動きのような予期できない要素を扱うときというのは、最初はその難しさを統御することができなくてかならず失敗します。でもそこで何度も何度も挑戦してみるんです。そこから得られたフィードバックが、やがて回路をつくりだします。回路というのは、電気の概念でもありますが、電気回路は特定のスタートとゴールを設定すれば終わりというものではなく、一種の循環システムをつくることです。電子が回路を何万回もぐるぐる回ることで電気が発生する、そこにはスタートもゴールもありません。私の作品をルーブ・ゴールドバーグ・マシンとかピタゴラスイッチに喩える人もいるのですが、じつはそういったものとは違う意識で作っていて。回路をつくりだすことはとても重要です。それは、水を使うこと、電気を照らすこと、人々とコミュニケーションすること、見えない要素を使うことのすべてに関わっているのです。