元自衛官の異色漫画家、長く過酷な下積み生活 3度も連載直前で白紙に…38歳でつかんだヒット作
苦労した子育てと漫画家の“二足のわらじ”
そんな後もない時期の出来事だった。当初から自衛隊を題材にした漫画を描きたいという思いを抱いていたが「時代が必要としていない」と諦めていた。しかし、東日本大震災をきっかけに世間の自衛隊に対する目が徐々に変化していた。「どうせなら最後に自衛隊の漫画を描きたい」と思い始めた頃、運命的な出会いが待っていた。 「その頃に、花沢くんが結婚したんです。お金もなかったので、結婚式に行くかも悩んだのですが、仲も良かったですし、義理ごとはちゃんとしなきゃと思って、参加しました。そこに山本先生もいらっしゃったので、あいさつしたら、双葉社の編集の方を紹介してくれたんです。最初は僕に興味なさそうにしていたのですが、山本先生が気を遣って『元自衛隊だよ』と伝えると、『自衛隊モノを描こうと動いている編集がいるから紹介しますよ!』と食いついてくれたんです。そこで紹介してもらった方が『ライジングサン』の初代の担当でした。結婚式に参加して本当に良かったですね。行ってなかったら人生が変わってました(笑)。 その編集さんと初めて会った時、それまで自衛隊漫画で成功した事例が『右向け左』しかないという話になりました。『藤原さんはどんな自衛隊モノが描きたいと思っていますか』と聞かれて、僕は『ド直球の青春漫画を描きたいです』と伝えました。すると、『僕も全く同じ意見です。一緒にやりましょう』と。僕の漫画家としての背骨を作ってくれた人でしたね。絵の描き方のテクニックや漫画の作り方、リアルに描くことを『ライジングサン』では意識していたので、そこに対しての議論もたくさんしました。締め切りギリギリでネーム全ボツとかもありましたね(笑)。でも、厳しくしてもらえたおかげで、目標だった重版も早々に達成することもできました」 『ライジングサン』を通して伝えたいことがあるという。「メッセージ性を持たせると説教臭くなってしまうので、あくまでも読者の人たちに感じてほしい」と前置きしつつ、口を開く。 「僕は昔の自衛隊にいた人間で、世の中から笑われるような立場だった時代を知っているんです。僕も高校生の時に『自衛隊に入ります』と言ったら、みんなに笑われました。でも今は、東日本大震災などを経て、自衛隊への世間の見方も変わってきていると思うんです。この作品を通じて、自衛隊の人も普通に生活を送っている人たちと何も変わらないということが届けばいいなと思っています。何かと責められてしまうことの多い自衛隊員ですが、本当に一生懸命に日々過ごしている人たちがいるということを、この作品を通して少しでも多くの人に届けられればいいなと思っています」 自衛隊時代の同期も『ライジングサン』を読んでいるようだ。「同期には自衛隊の特殊部隊で頑張っているヤツもいて、『俺の横におるやつが藤原の漫画読んで、ファンや言うとるぞ』って電話くれますね。『お前は読んでんのか?』って聞いたら、『読んでへん。どうせお前が描く漫画なんてつまらんやろ』みたいな(笑)。みんなツンデレなので、僕がいないところではいろいろ言ってくれてるみたいですけどね。うれしいです」と頬を緩める。 20歳で自衛隊を辞めて、漫画家の道を志し、ヒット作『ライジングサン』と巡り合った頃には38歳になっていた。15年以上もの長い期間、下積みを経験してきた。それでも折れずに頑張れた理由は家族の存在だった。 「子どもの存在が大きかったです。僕が漫画家になって、お金を稼いで子どもたちに可能性の選択肢を増やしてあげたかったんです。一発逆転ではないですが、何の才能もない僕がそれをかなえようと思ったら『漫画をやるしかない』と腹をくくったんです。 下の子も大学生になったので、ようやく肩の荷が降りました。ここからが僕の人生だと思っています。アシスタント時代に、同世代がデビューしていく姿を本当にたくさん見てきました。『なんで僕じゃないんだ』と嫌というほど感じてきました。当時は子どもも小さかったので、どう頑張っても彼らより漫画と向き合う時間が少なかったんですよね。なので、『子どもが大きくなってからが僕の番だ』と考えるようにしていました。実際、周りの人たちは、今まさに子育ての時期で『手が掛かる』と言っていたりしますね。人生は順番なんですよね。僕は先にそれをやっただけ。その間は腐らずに『いつかどうにかなるから信じるしかない』と耐えてきました」 いくつものターニングポイントを経験してきた漫画家人生。「結果的には山本先生のところで良かったなと思います」と20年以上前の出来事を振り返る。「山本先生の作品は僕が描きたい漫画と全く違いました。僕の場合はそういった環境でイチから学べたことで、幅が広がったなと思っています。板垣先生のところに行っていたら、今みたいにはなれなかったかもしれないですね」。 『ライジングサン』はヒット作となり、今では続編の『ライジングサンR』が「漫画アクション」(双葉社)で連載中だ。さらなる次のビジョンも思い描いている。 今後については、「あまり注目されることのない、縁の下の力持ちでのような人にフォーカスすることが好きなんです。歴史の中でもそういう人ってたくさんいると思うんです。もし描けるなら、幕末志士の赤禰武人(あかね・たけと)という人を主人公に描いてみたいですね。若くして裏切り者として殺されてしまった人なんですけど、そこを少し漫画的に脚色して、『実はこうだったんじゃないか』というファンタジーを織り交ぜて描いてみたいですね」
ENCOUNT編集部