【お寺の掲示板133】「極悪女王」を生み出した“卑下慢”
一世を風靡(ふうび)した全日本女子プロレスは、1970年代のマッハ文朱、ビューティ・ペアから人気が上昇、ゴールデン・ペアを経て、80年代に入ってからミミ萩原やデビル雅美、ジャガー横田といった強烈な個性が飛び出し、それは「ダンプ松本」の登場で頂点に達しました。(解説/僧侶 江田智昭) ● 「慢」と呼ばれる煩悩 「私なんか」と言って、自分自身を卑下する人は世の中に大勢いると思います。このような言葉がなぜ「自慢」にあたるのだろうかと不思議に思われる方も多いかもしれません。 仏教には「慢」と呼ばれる煩悩を表す言葉があります。古代インドのサンスクリット語で表現すると「Māna(マーナ)」。これは他者と比較する中から生まれる煩悩のことです。他者と自分を比較するようになると、一般的に以下のような感情が発生します。 他者より優れている(優越感) 他者と等しい 他者より劣っている(劣等感) 他者と比べることで優越感に浸り、自分を褒めるような発言を、世間一般では「自慢」といいます。また、「私なんか」という劣等感による発言も、実は「慢」から生み出された立派な「自慢」の一種なのです。 劣等感から生み出されるものは、仏教的には「卑下慢(ひげまん)」とも呼びます。「周りに比べて、私なんかダメです」と発言した人がいた場合、発言した人の心には「自分をダメだと認めることができる私はすごい」という、うぬぼれの感情が、少し生まれています。この「うぬぼれ」を“卑下慢”と呼ぶのです。
● 極悪女王「ダンプ松本」の誕生 Netflix (ネットフリックス)で、この9月から『極悪女王』というドラマが配信されています。極悪女王とは、人気悪役レスラーのダンプ松本のこと。1970~80年代に一大ブームを巻き起こした女子プロレスの世界を描いたドラマです。ダンプ松本を演じるのは、お笑いタレントのゆりやんレトリィバァさん。その迫真の演技が絶賛されています。 松本香(ダンプ松本の本名)はデビューしてからも人気が出ることなく、同期のクラッシュギャルズ(長与千種とライオネス飛鳥によるタッグチーム)が、そのベビーフェイスと相まって、アイドル的な人気でブレイクする中、もんもんとした生活を送っていました。 気が弱く優しい性格の松本香は、その生い立ちも、周囲と比べてさまざまな面で恵まれていませんでした。マッハ文朱の大ファンで、問題山積みの父親に悩まされ続けた母の生活を助けるため、高校卒業後、全日本女子プロレスの門をたたきます。そして、20歳でデビューしてからも「私なんか」という“卑下慢”を心にためこんでいきました。その“卑下慢”が、ある日心の中で爆発し、当時大人気だったクラッシュギャルズへの強烈な怒り・憎しみへと変化していくのです。 デビューから4年後、悪の権化のようなキャラクター「ダンプ松本」が誕生しました。ドラマでは、この内面の変化を、ゆりやんレトリィバァさんが絶妙に演じています。“卑下慢”は、一見すると謙虚な姿勢に思えますが、このように他者への攻撃的な感情へと変化する恐れがあるのです。 なぜなら“卑下慢”は、しょせんうぬぼれやおごり高ぶりにすぎず、それは「怒り」「憎しみ」の原因でもあるからです。 あるお寺の掲示板に「自慢は智慧の行き止まり」という言葉がありました(関連記事=第3回)。仏教でいう「智慧」とは、「ありのままに世界を認識すること」。煩悩である「慢」が生み出す「うぬぼれ」は、この世界で起きていることをありのままに認識することを妨げ、自己中心的な見方を促します。そうなると(自己中心的な視点からの)怒りや憎しみが心に湧き起こり、争いやトラブルが発生することになるのです。 “謙虚”と“卑下慢”の違いは紙一重。「慢」心にはくれぐれも気を付けたいものです。
江田智昭/ダイヤモンド・ライフ編集部