地平線の果てまで突進するモンスター|スターリング・モスが駆ったマセラティ【後編】
“ル・モンストル”・マセラティ
●“ル・モンストル”・マセラティ エイペックス・モータークラブ・サーキットでアリゾナの陽光の下で眺める450Sコスティン・ザガートは、まるで獲物に飛びかかる猛禽類のようだ。ボディの曲線は生き物のようで、長い鼻先とカバー付きヘッドライト、そしてトリデンテを戴く大きなグリルは1950~60年代の正統派そのものだ。これ以上ないほどに堂々としており、多くの雑誌のカバーに取り上げられたのも納得である。その特別な存在感は、2015年のヴィラデステでお披露目された「ザガート・マセラティ・モストロ」にも借用されている。 バイロン・ステイヴァーによって延長されたボディのおかげで乗り降りは容易であり、シートも窮屈ではない。ベージュのトリムとカーペットはとても良い雰囲気で、美しくドリル孔が開けられたスロットルペダルも、クロームのゲートから高く生えたシフトレバーも見事である。まったく申し分ない。潜水艦のハッチのような大きなヒンジを持つドアを閉めて、いよいよスタートだ。 轟音とともにピットレーンを出ると、まるで広大な海原を行く戦艦の舵を握っているかのようだ。大きなステアリングホイールのおかげで操舵力はそれほど重くないし、ギアレバーは素早く気持ちよく動く。エンジン音は低回転でも恐ろしいほどで、さらにドライブトレーンからの振動がいい加減に扱ってはならないと警告する。このベルリネッタがモンスターと呼ばれたのには理由があるのだ。 バックスレートに入ったのを合図にもう少し回転を上げると砂漠の地平線めがけて、檻から解き放たれたように唸りを上げて突進する。トランスミッションのノイズはさらにやかましく、これはもう比類ないとしか言いようがない。巨大なドラムブレーキはタイトな山道ではいざ知らず、サーキットでは十分な性能を持つ。シフトフィールも素晴らしい。ただし、コーナーに向けてターンインすると、なるほどタイトなコーナーでは十分な余裕と注意を持って操作しなければいけないことが分かる。これは地平線の果てまで突進するモンスターなのである。 60年以上も前のミネソタの大平原で、この魅力的だが獰猛なレーサーが嵐のように走ったことを想像すると、これもまたマセラティの伝説のひとつだろう。工場の片隅に放置されていたマシンを蘇らせた男の勇気も同様である。ザガートとコスティンは与えられた時間の中で最善を尽くしたはずだし、両者は伝説のクーペを生み出したことでもっと評価されるべきでもある。機械的な信頼性の問題は彼らの落ち度ではない。もしスターリング・モスのアイディアが正しく伝えられて、ル・マンでのハイスピードマシンとして結実していたなら、このクーペは自動車史に輝く傑作となっていたはずである。 1957年マセラティ450Sコスティン・ザガート・クーペ エンジン:4497㏄、V8、DOHC、ウェバー・キャブレター×4基 最高出力:350bhp/ 6500 rpm トランスミッション:5段 MTノンシンクロ、後輪駆動、ZFリミテッドスリップディファレンシャル ステアリング:ウォーム&セクター サスペンション(前):不当長 Aアーム、コイルスプリング、テレスコピックダンパー、スタビライザー サスペンション(後):ド・ディオン式、横置きリーフスプリング、テレスコピックダンパー ブレーキ:フィン付きアルミニウム製ドラム 車重:1176 kg 最高速:160mph(≒257 km/h) 編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Marc Sonnery Photography:Nick Lish
Octane Japan 編集部