『ノーヴィス』ローレン・ハダウェイ監督 “没頭”が人生に目的を与える【Director’s Interview Vol.448】
壊れたレンズがもたらす効果
Q:アレックスが黙々と練習するシーンが映画の多くを支配していますが、それらは様々なビジュアルと音響で表現されています。脚本段階ではどのように書かれていたのでしょうか。 ハダウェイ:音については普通の脚本よりもいろいろ書き込んでいて、使う音楽も細かく書きました。そもそもこの映画では、アレックスが感じることや見聞きすることを、観客にも体感して欲しかった。それが全ての原点となっています。多分ほとんどの人は、あれほど激しくボートを漕いだことがないし、あれほどの妄執を抱いたことはないでしょう。それは一体どういうことなのか、音や映像を使って、観客が彼女の世界に浸れるようにしたかった。ボートを漕ぎ始めると周りの音が消え、色彩がだんだん色褪せていく。ときにはロマンチックな夢を見ているような感じに陥り、まるでスポーツと恋愛しているような感じになっていく。そうやってアレックスはだんだん危険な領域に入っていくんです。それを体感出来るよう、音と映像を作り上げました。 Q:映像・音響の設計は撮影前から綿密に設計されていたのでしょうか。それとも素材を多めに撮影・録音してポスプロ作業でコラージュされたのでしょうか。 ハダウェイ:色々とプランニングした上で撮影に臨みました。これはインディーズ映画なので、無駄なことは出来ない。編集の経験もあったので「こう編集したいから、これを撮ろう」と、頭の中で作った映画を元にショットリストを描き、それに準じて撮影していきました。そんなこともあって、編集で使わない素材はほとんどありませんでした。冒頭10~15分は脚本と比べてかなり変わりましたが、それ以外はほとんど変わっていません。ほぼショットリスト通りに撮影・編集しました。 Q:被写界深度が浅く背景がボケたショットでは、ボケた部分が二重に映っているようでした。何か意図したものはありますか。 ハダウェイ:あれは“クレイジー・アレックス・レンズ”と呼んでいて、アレックスが自分の頭の中に入り込み、パニックになっている瞬間を捉えているのですが、本当に偶然撮れたものです。テスト撮影中にカメラを覗くと、ボケた部分が二重に映ったようになっていました。レンズ内部の故障だったのですが、「この感じいいよね!」と敢えて修理せずに、そのまま“クレイジー・アレックス・モーメント”を捉えるのに使うことにしました。その後レンズは修理してしまったので、あの画はもう撮れないんです。すごく幸運な偶然でしたね。 Q:ビジュアル・音響面での斬新な表現が目立ちますが、それを体現したイザベル・ファーマンの演技も圧倒的です。演技面での演出はどのように行われましたか。 ハダウェイ:クランクインから1週間は「水週間」と呼んでいて、全て水上シーンの撮影でした。あの週の撮影は本当に過酷で、とにかく水に落ちないように、凍えないようにしながら撮影を続けていました。そんな中でもイザベルは、ほとんどスタントも使わず全て自分で演じていました。毎朝、その日撮影するシーンの打合せをして、そのシーンのアレックスの心理状態をイザベルに伝えましたが、彼女は完璧に理解してくれました。イザベルのことはすごく信頼していたので、その朝のミーティングだけで後は彼女にお任せでしたね。ただ、自傷行為のシーンだけは、「経験したことがないから、よく分からない」と言ってきたので、そこはかなり綿密な打合せを行いました。 あの撮影のおかげで彼女と色んな会話をすることが出来た。今でも良い友人です。これは彼女とのコラボレーションがあったからこそ完成した映画です。
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