事業承継はこれからのビジネスチャンスたり得る?日本の「サーチファンド」先駆者に聞く
中小企業庁が発行する中小企業白書によると、この20年間で経営者年齢のピークは50代から60~70代へと大きく上昇している※1。こうした変化を受け、高齢な経営者にとって大きな課題となっているのが事業承継だ。後継者が見つからず廃業するというケースも多くなってきている※1ため、昨今の事業承継の重要度は一層高まりを見せている。事業承継を行うためには親族内承継、従業員承継、M&A(社外への引き継ぎ)という三つの手法があるが、現在注目されているのが、M&Aを手法とする「サーチファンド」だ。 事業承継においてサーチファンドがなぜ注目されているのか。またどのようなファンドであり、事業承継をする側、される側それぞれにどのようなメリットがあるのか。日本におけるサーチファンドの傾向や世界的なトレンド、実際の事業について、日本初の「パートナー型」のトラディショナル型サーチファンド「ジャパンブルズアイキャピタル合同会社」を創業した、小林 英輔氏(以下、敬称略)と洲崎 瑞治氏(以下、敬称略)に話を伺った。
――サーチファンドとは、どのようなビジネスモデルなのか教えてください。 小林「サーチファンドは、端的にお伝えすると『中小企業を1社だけ買うファンド』です。経営経験はないものの、会社経営に熱意を持っているビジネスパーソン(主に20代後半から30代)がセカンドキャリアとして、成長ポテンシャルのある中小企業を事業承継し、若手の力で成長させていくというものになります。 このビジネスモデルは、ハーバード大学で考案され、スタンフォード大学で1980年代初頭に実施されたもので、若手ビジネスパーソンにとっては、『経営者』というキャリアパスが開ける、中小企業からすると事業拡大のチャンスがあるという、両者にとってメリットのある仕組みとなっています。 通常のプライベートエクイティファンドですと、複数社でポートフォリオを組んでリターンを狙いますが、サーチファンドは1社にフルコミットしていく点で大きく異なります。なのでファンドと名前がついていますが、『投資家目線』というよりは『経営者目線』で会社を承継させていただく、という意識が強いです。 世界的には1990年代から2000年代にアメリカで、2010年代にはヨーロッパや南米にも広まり、閉じてしまったものを含め累計で700件ほどのサーチファンドがあります。日本やアジアでは2020年ごろにサーチファンドの概念が広がってきたものの、日本ではまだサーチファンド自体は数件と少ないのが現状です。 有名な事例として、アメリカの『Asurion』社があります。同社は当初、自動車のけん引やサポートを行うロードサービス事業を展開していました。 当時はロードサービスのプランが、携帯のワイヤレスプランを購入する際に一緒に販売されていることが多かったため、クライアントであるワイヤレスプランの販売店を訪問することがあったそうです。その店舗を訪問した際に、電話保険のパンフレットを目にし、携帯電話保険を販売するというアイデアを思いつき、携帯電話の保険分野に進出するためにモバイル保険会社であるメリマックグループを買収することで、事業拡大を行っていきました。この挑戦により、企業買収前は約6億円規模だった事業を投資後には2,500億円まで成長させました。若手経営者の視点があったからこそ、『携帯電話向け』という当時では新しい分野への挑戦が実現したという事例です」 ――「サーチファンド」には事業承継の側面もあると思いますが、中小企業の経営者高齢化・後継者不在問題がある日本において、今後どのように広まっていくとお考えでしょうか? 小林「現在日本でサーチファンドが取り上げられるとなると、中小企業の後継者問題とセットで語られることが多いのですが、私の考えは異なっています。なぜなら、サーチファンドで事業承継ができるのは1社だけのため、後継者問題の解決になるというには少々規模が小さいと感じるからです。 ただ、やはり出資先の中小企業の方からお話を伺っても、事業承継ができていないことに課題を感じている方は多くいらっしゃいます。そういった状況の中で私たちができることとしては、同じような世代、もしくは若い世代に『サーチファンドのようなビジネスモデルがある』という認知を広げ、そういった選択肢があるという意識を持っていただくことだと思います」 ――サーチファンドのメリット、デメリットを教えてください。 洲崎「サーチファンドは海外で700例以上あり、スキームが確立されています。そのためファンド組成、M&A、経営の手順が明確であるため、0→1の起業よりも低リスクで経営者になれることが大きなメリットだと思います」 小林「デメリットとしては、承継する会社を見つけられない可能性があることです。北米では約3分の1のサーチファンドが承継する会社を見つけられずファンドを閉じています。ただ事例は少ないのですが、日本では過去立ち上げられたトラディショナル型サーチファンドは2件中2件が会社を承継できています。事例数が違うため一概に比較はできないですが、後継者問題に直面している日本では、もしかしたらこのデメリットは小さいかもしれません。 またこれはどのファンドにもいえることかもしれませんが、資金調達ができないリスクはもちろんあります。出資者にとって投資面で魅力的でない会社を承継しようとした場合、投資家が集まらず承継できないリスクがあります。せっかく行った承継企業を探すサーチ活動が無駄になってしまうので、この点は気を付けないといけないですね」 ――事業承継を受ける企業側のメリット・デメリットも教えていただけますか。 小林「プライベートエクイティファンドや事業会社などはM&A担当者が交渉相手となるため、後継の経営者を直接見て、承継するかどうかを判断するのは難しい面があります。しかし、サーチファンドに承継する場合、事業承継を受ける企業は実際に次の経営者の顔を見て承継するかどうかを判断できます。 またサーチャーは、承継プロセスと承継後の経営を一気通貫して担うので、被承継者に伝えた思いなどが後の経営にも反映されやすいことも、事業承継を受ける企業側のメリットといえるでしょう」 洲崎「逆にデメリットとしては、サーチャーには経営経験がないことが多いため、承継後にしっかりした経営ができるかどうかの不安が残る、ということがあります。これに対しては、出資者に中小企業経営者やプライベートエクイティファンドなどを入れることによりリスクを低減するサーチファンドもあります。また事業会社のM&Aに比べると、サーチファンドには既存事業とのシナジーがないため、既存事業とのシナジーを踏まえた価値評価が難しい面があります」 ――サーチファンドには「アクセラレーター型サーチファンド」「トラディショナル型サーチファンド」の2種類がありますが、それぞれの特徴を教えてください。 洲崎「『アクセラレーター型サーチファンド』は、一つの大きなファンドに複数のサーチャー(経営者を目指す人物)が所属している形態を指します。一方、『トラディショナル型サーチファンド』はサーチャー自身がファンドを立ち上げ、資金調達も行い、事業承継する会社を探していくものになります」 小林「私たちは経営者の重要な要素として、資金調達と株主への説明責任があると考えており、それを含めて取り組めるのがトラディショナル型サーチファンドであるため、この分野での挑戦を決めました。 アクセラレーター型では、ファンドマネジャーを中心としたジェネラル・パートナーがLP(Limited Partnership:実質的な出資者)から資金を調達し、ファンドへの説明責任もジェネラル・パートナーが果たします。そのため、サーチャーは経営だけに注力できます。 両者を比較したとき、トラディショナル型の方がやらなければならないことが確かに多いですが、自分たちに出資してくれる人たちに直接働きかけ、出資者と一丸となったチームをつくることには大きなやりがいがあると感じています。私たちの会社に投資してくださっている投資家の方々は、前職でのつながりや、地元のつながりで占められているため、良いチームが築けているのではないかと思っています」 ――なぜお二人が起業という道ではなく、サーチファンドという道を選んだのか教えてください。 小林「私のキャリアスタートは総合商社でした。社会人3年目の時、現場経験を目的として国内支社・支店に若手を派遣する動きがあり、私は四国支店に派遣されました。そこで地場の中小企業との合弁で愛媛県の宇和島でブリの養殖・加工・販売を行う会社の立ち上げに携わることになります。 パートナー会社の社長の下で工場の立ち上げ、事業計画の策定、販売方針の策定とさまざまな経営的なお手伝いをしました。そこで中小企業の社長の意思決定スピードと、それが社内に与える影響の大きさにおいて、大企業との違いに大きな衝撃を受けました。 その後、本店の他業務に戻りキャリアを重ねる中で、自身も経営者として企業価値の向上に直接的に貢献したい、という思いが強くなっていきました。しかし、総合商社のような大きな組織では30代の若手がそのようなポジションに就ける機会は極めて限られています。何か別の道はないかと探っている中でサーチファンドというキャリアに出会い、そこから中小企業の社長を目指そうという決意に至りました」 洲崎「私の場合は、前職の影響もあるのですが、家族の影響が多分にあります。祖父や父、義父も中小企業の経営者であるなど、親族含めて身の回りに中小企業経営者が多数おり、漠然といつかは自分も経営者になると社会人になってからも考えていました。 また、新卒で入った顧客管理システム会社の在籍中にも、100社以上の中小企業の経営者に関わらせていただき、営業として提案するだけではなく、彼らのように経営側に回りたいという思いが強くなっていきました。 30歳になり今後のキャリアを再考している中で、小・中学校の同級生が事業承継のために帰郷し、経営に飛び込む姿を間近で見たことで、改めて経営側へ回る決意を固め、MBAの取得を目指しました。初めは自ら事業を立ち上げることを考え、MBA取得中にはweb3系のベンチャー企業でインターンを行いましたが、自身のバックグラウンドや経験、思いに鑑みた際に、0→1ではなく、すでにあるものを大きくする1→10の方が向いていると感じ、サーチファンドの道を選択しました」