在日インドネシア人ならみんな知っている──話題のスーパーフードを山中でつくる、滋賀の「テンペ王」を訪ねて
「インドネシアの納豆」とも呼ばれる伝統的な発酵食品、テンペ。近年では、高い栄養価の「スーパーフード」として世界的な注目を集めている。このテンペを、滋賀県の山中でつくり続けているインドネシア人の職人がいる。日本人の妻子とともに、日々テンペと向き合う。そんな家族の営みを追った。(取材・文:室橋裕和/撮影:菊地健志/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
テンペは赤ちゃんのようなもの
滋賀県西部。たっぷりの緑に覆われた比良山地に溶け込むように、濃いオリーブ色をした建物があった。中に入り、2階に上がると、空気がどこかしっとりしている。一定の温度と湿度を保ち、常に空気を循環させているのだという。 びっしりと連なる棚にはトレーが置かれ、パッキング済みの白いブロック状のかたまりが並んでいた。これがテンペだ。 「ちょうど発酵が終わったところです」 ルストノさん(53)がテンペを見せてくれた。日本でおよそ20年、テンペをつくり続けている。 「原料は、大豆と水と、テンペ菌だけ。添加物もなにも入れない。すごくシンプルなんです」
いとおしそうに、テンペの詰まったパックをなでる。傍らで見守っていた、妻の葛本つる子さん(53)が言う。 「シンプルでも難しいんです。とくに発酵中の温度の管理。季節によっても違いますが、31.5~33度の間をキープして、発酵させていくんです。発酵時間は32~36時間ですが、これも季節や仕込むタイミングによって幅があります」 さらに、発酵が進むとテンペ自身が熱を持ってくる。うまく温度を調整しないと発酵しすぎてしまう。「発酵は生き物」とふたりは言うが、テンペが育っていく様子を見極めながらの繊細な作業は、まさに職人技なのだ。 「食べてみますか」 ルストノさんが、できたてのテンペを切り分けてくれた。真っ白な断面から、みっちり詰まった大豆が顔をのぞかせる。ほのかに漂う甘い香り。日本の納豆とはずいぶん違う。糸も引いていない。これは発酵に使う菌が、納豆菌とテンペ菌とで異なるからだそうだ。