在日インドネシア人ならみんな知っている──話題のスーパーフードを山中でつくる、滋賀の「テンペ王」を訪ねて
「ナッツのような香りでしょう」 これが良い出来の証しでもあるそうだ。つる子さんが言う。 「何百回何千回とつくっても、失敗することもあります。毎回ずっとつきっきりで見ていないといけない。赤ちゃんみたいなものですね」 手間ひまかけてつくったテンペを、つる子さんと娘のレミナさん(21)が調理してくれた。スライスしたテンペを揚げて、コリアンダーとニンニク、塩で味つけしたものだ。食感さくさく、中はほくほく。ビールのつまみによさそうだ。 「これさえあればな」 と、つる子さん。ルストノ家では定番のメニューだ。
「酢飯の上に揚げたテンペをのせて、マヨネーズを添えてもおいしいんですよ」 レミナさんが教えてくれた。彼女も姉と一緒に、両親のテンペづくりを手伝う。インスタグラムでテンペのおすすめレシピを紹介したり、ウェブサイトの管理をしたりするのは娘ふたりの仕事だ。パッキング作業や配達などもこなす。 インドネシア人と日本人の家族は、こうして毎日テンペをつくり続けている。
健康食品、そして肉の代替品としても
「スーパーフード」。テンペは近年、そんな呼び方をされるようにもなった。脂質が少ないながら高栄養な植物性タンパク質や、疲労回復などに効果があるビタミンB群、それに食物繊維がたっぷり。原料の大豆に含まれるポリフェノールやイソフラボンの抗酸化作用はアンチエイジング効果があるともいわれる。さらに腹持ちがよく、低カロリー、コレステロールゼロなのでダイエット食にもいい。納豆と違ってにおいも粘り気もなく、料理のレシピが幅広い。健康意識の高まりから、いまでは日本の大手スーパーマーケットでもテンペを見るようになった。 また肉の代替品として、とくに欧米ではプラントベースのビーガン食として好まれている。東南アジアのローカルフードが、世界に広がりつつあるのだ。 「インドネシアでは、600年くらい前から食べられているんです」 ルストノさんが言う。ハイビスカスの葉で大豆をくるんで屋根の上に安置し、天日で自然発酵させるというのが伝統的な製法だそうだ。ハイビスカスの葉に付着しているテンペ菌(クモノスカビの一種)が発酵のタネになる。 「小さい頃からテンペは大好きでしたね。お母さんがよく、テンペとガランガル(ショウガの一種)、タマネギと唐辛子、パームシュガーを炒めたものをつくってくれた」 インドネシアの国民食ともいえるテンペを食べて、ルストノさんも育った。大学卒業後に世界遺産の仏教遺跡ボロブドゥールに近い街・ジョグジャカルタのホテルで働いていたとき、旅行に来たつる子さんと出会う。ふたりは1年半後に結婚し、つる子さんの実家がある京都にやってきた。それが1997年の10月1日だ。