ISS滞在中は「宇宙実験」に軸足–ISS船長に選ばれた大西卓哉宇宙飛行士にインタビュー
2025年2月から半年間にわたり、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する予定のJAXA宇宙飛行士・大西卓哉氏。第73次長期滞在では、日本人として3人目となるISS船長を任され、ミッションの達成と全搭乗員の安全確保に向けて指揮を執ることになる。 大西氏がISSに初めて滞在したのは2016年。約9年ぶり2回目の長期滞在となる同氏に、ISSでの宇宙実験にかける思いや、2030年以降のポストISS時代への考え、フライトディレクターとしての経験などについて話を聞いた。 ISS滞在では「宇宙実験」に軸足を置くべき ーー先日の記者会見で、大西さんは「今回が最後のISS滞在になると思う。集大成にしたい」といったお話をされていました。改めて思いを聞かせてください。 2030年には国際宇宙ステーションの運用が終わると言われていますし、後進の米田あゆさんや諏訪理さんも正式に宇宙飛行士認定されて、この先も宇宙飛行士はもっと増えてくると思います。そういう意味では、僕にとってのISS滞在は今回が最後になるだろうと思っているので、自分がこれまで 15 年間やってきたことを全て出し切れたらいいなと思っています。 特に私の場合、前回のISS滞在後に地上で(管制センターの技術者を取りまとめて運用の指揮をする)フライトディレクターという仕事をしていました。実は国際宇宙ステーションの9割以上の作業は地上から遠隔操作しています。宇宙飛行士がISSでしているのは実験サンプルの交換など、どうしても人の手が必要な物理的な作業だけです。そういう意味で、フライトディレクターの仕事を通して、国際宇宙ステーションがどう動いているのかという全体像が見えている分、前回よりはもっといい仕事ができると思います。 ーー今回のミッションでも「『きぼう』にできる、ぜんぶを。」をキャッチフレーズにしているように、大西さんは宇宙での実験に強い思いを持っていらっしゃる印象を受けます。 そうですね。私たちが宇宙に行っている一番の意義は、国際宇宙ステーションという特殊な環境を利用して、しっかりと実験をすることなので、やはりそこに軸足を置くべきだと思います。 これは個人的な思いですが、たとえばSNSで情報発信する際には、どうしても綺麗な地球の写真などを投稿した方が、いいねなどのリアクションも増えたりします。でも、そのために(宇宙に)行っているんじゃないと僕自身はすごく思っていて。いくら世間に受けるのがそっちだと分かっていても、自分が本来行く目的である実験の意義をちゃんと発信することは、絶対に避けてはいけないと思っています。 大西飛行士が注目する宇宙実験は? ーーISS滞在中には、燃焼現象に対する重力影響を評価する「FLARE」や、二酸化炭素除去の軌道上技術実証「DRCS」など、10種類ものきぼう利用ミッションを予定されていますが、特に注目している宇宙実験はありますか。 思い出に残っているもので言うと、「静電浮遊炉(ELF)」(金属やガラスなどの物質を浮かせた状態で溶かすことで物性を計測できる実験装置)は、ちょうど私がISSに初めて滞在した2016年に立ち上がった装置です。 当時は、いろいろな不具合が出る中で、地上の技術者たちから指示を受けながら、僕がケーブルをつなぎ直したりする経験をしました。その後、ELFが徐々に軌道に乗り始めて、今では「きぼう」日本実験棟の代表選手と言っていいくらい、ずっとフル稼働するような装置になっています。その過程をずっと見てきたので、またそのELFを触れるのはすごく楽しみですね。 ーー中国では独自の宇宙ステーション「天宮」の中で、宇宙飛行士が直接マッチでローソクに火をつけたりと、ISSでは難しいような実験も進めています。宇宙実験において中国がISSをリードする可能性はありますか。 そこは1つの国でやっている強みかなと思いますね。国際宇宙ステーションは安全基準自体がとても厳しいですし、基本的には参加している各国の合意のもとでいろいろと進めていくので、なかなか1つの国が「これをやるぞ」と言って明日からそれできるかというと、どうしてもそういうスピード感ではありません。 一方で、国際宇宙ステーションは、いろいろな国がお互いの強みを持ち寄って運用していることが最大の強みだと思います。規模(サイズ)も国際宇宙ステーションの方がかなり大きいですし、やはり培ってきた歴史の長さも含めて、まだこちらの方が先をいっているんじゃないかと思います。 ーーそんな国際宇宙ステーションも2030年には退役し、地球低軌道の運用は商業宇宙ステーションに切り替わっていきますが、宇宙ステーションに限らず、民間企業に期待することはありますか。 民間企業のスピード感を肌で感じるという意味では、今まさに宇宙船「Crew Dragon」の訓練でSpaceXに伺うことが多いのですが、彼らの仕事の進め方や意思決定のスピード感は、われわれのこれまでの常識とは桁が違いますよね。 彼らの良さは私たちも取り入れていかないといけませんが、われわれの良さも相互に生かし合えるような形にできればいいなと。国際宇宙ステーションはその先の民間ステーションにつなげていく橋渡しの役割をきっちりしないといけないと思うので、2030年に向けてISSをどんどん使ってもらって、そのトランジション(切り替え)がスムーズにいくようにしたいですね。 フライトディレクターの経験をどう生かすか ーー大西さんは1回目のISS滞在後はフライトディレクターも務めていましたが、その経験は2回目の滞在にどう役立ちそうですか。 フライトディレクターとして、いろいろな宇宙飛行士と協調作業をする中で、自分にはない強み持っている飛行士もたくさんいました。たとえば、複数のタスクを並行して進める飛行士もいますが、やはり彼らは効率がいいですよね。 1回目のミッションの時、僕は新人だったこともあって、(タスクの並行作業は)意識的に避けていた部分で、どちらかと言えば、効率性よりは確実性を重視していました。ただ、本当に仕事が早い人は、隙間時間に少しでもやれるタスクを見つけてどんどんこなしていくので、今回は彼らを見習ってやってみたいと思います。 ーーどのタスクをするのかは自分で選べるのでしょうか。 どういう仕組みになっているかと言うと、自分の作業量は結構前の段階で決まっているのですが、その仕事を早めに終わらせると、残りの時間をどう使うかは個人の裁量に任されています。そのほかの仕事ができるタスクリストがあり、そこをどんどん進めることもできるので、今回はそういうところも含めて積極的に頑張りたいと思います。 ーーちなみに尊敬するフライトディレクターはいますか。 たくさんいますが、やはりNASA(ヒューストン)のフライトディレクターのレベルは頭ひとつ抜けていますね。僕らはあくまで「きぼう」の運用に特化した責任を負っているのに対して、彼らは国際宇宙ステーションの全モジュール、さらには各補給船や有人宇宙船、船外活動までカバーしているので、あのポジションについている人は本当にすごいですよね。 先ほど複数のタスクを並行して進めるという話をしましたが、まさに彼らはそのスキルの極めつけのような感じです。当然いろいろなところで細かい問題が日々勃発するわけですが、それを同時に対応しながら、優先順位つけて対応しています。 ーーご自身もフライトディレクターを経験されたからこそ、そのすごさがより鮮明になったのですね。 ヒューストンでは、そもそも選ばれる時にプレスリリースが出たりします。これまでフライトディレクターになった人って、実は宇宙飛行士の数よりも少ないので、米国では社会的な地位もすごく高いんです。それを見てもやはり憧れますよね、同じフライトディレクターとして。
藤井 涼(編集部)